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[SW] LLC 7

[ 二〇一〇年 九月九日 同日 ]


『まったくもう』

ぴこぴこと可愛らしい音をたてて歩き回っていたリスが、小さなため息をついてぴとりと足を止めた。
小さな黄色のリスの前で、全員が神妙な面持ちで正座しているのは(足のないアバターは列に並んでいるだけだが)、一種異様な光景ではあるが、誰も異を唱えることはない。
いや、できない。

『おかしいと思ったんだよね。佐久間が僕をからかうのはいつものことだけど、暇があるなら絶対夜食くらいは買いにいかせるはずなのに、妙に部室に僕を寄せ付けないようにしてるし。バイトの保守点検だって、自動プログラムでできるようなとこ開いてたり』
『……ほんと、こまかいとこ見やがって……』
『なんか言った?』
『ナンデモアリマセン』

思わず口をついて出てしまった佐久間のセリフを、ぴしゃりと冷たい声が跳ね除ける。

 ――ね、ね、理一。あの子性格変わってない?

こっそり送られてきた直美からのチャットメッセージに、

 ――うーん、地雷を踏んだのかもね。

と答えておく。
演算能力こそ優れているが、その特異な点すらも自分では大したことないと思っているような、よく言えば柔和で人当たりが良いごく普通の高校生……というのが彼の印象だった。
けれど、今目の前にいる彼の雰囲気は、スイッチを切り替えたかのようにがらりと変わっている。

『毎日みたいにOZでは話してるのに、夏希さんと佳主馬くんの態度も何かどこかおかしいなって思ってて……悪いとおもったけど、佐久間含めて三人のログイン履歴を追わせてもらったんだ』
『健二、お前それプライバシーの侵害っていう』
『――何?』
『ナンデモナイです……』
『いっとくけど、あくまでもログから追っただけで個人の情報は見てないよ。そしたら、ほら。ここ最近のグラフの重なりかたって、おかしいよね? 僕がログインしてる時だって、一緒にいるのに違うグラフがある。だから、何か隠してることがあるんじゃないかなって思ったんだけど……』

 ――障子に指かけて「あら、埃があるわねぇ」なんつー、姑かってのお前は!

健二以外に送られた秘密モードの佐久間の叫びに、全員の肩が震える。笑いたくても笑えない、なかなかにつらい状況である。

『案の定だよ。まさか僕が狙われてるなんて思ってなかったけど、その本人に黙ってこんな危険なことするなんて。――佐久間!』
『な、なにかなぁ……?』
『なにか、じゃないよ。佐久間は分かってたはずだ、ターゲットは僕でも、関わったら無事に済むわけないって。何でみんなを巻き込んだんだよ!』

詰問する口調は強く、一方的な感情を叫んでいるようにも聞こえるが……しかし、なかなかに的を射た発言に目を見張る。
大胆にも個人をまるごと手に入れようという輩が、多少有名になっているというところで手出しを控えるとは思えない。一人も二人も五人も十人も一緒と、もしかしたら関わった相手をまとめて手中にしようと考えてもおかしくはないのだ。
権力を手にした者の恐ろしさと愚かさを、自分は良く知っている。

『佐久間さんにいわれたからじゃない、僕らがやりたくてやったことだっ!』
『そうよ。それに危険なのは健二くんで、時間はなかったし、私たちは何とかしたいって思っていただけで!』

「関わるな」……と、拒絶されたと思ったのだろうか。
健二を守りたかっただけなのだと、親戚の子どもたちの必死の様子に、そっと助け船を出してあげることにした。

『健二くん、あまり責めないでやってくれないか。確かに軽率なところはあったかもしれない。しかし急いで行動しなければ大変な事態になっただろうってことは、君も分かってるはずだ。それに、本当に危険だと思ったら止めているよ』
『理一さん……』

しばし考えるようにうつむいた健二のアバターが、

『そうですね、黙ってたっていうのは怒ってますけど、僕のことを考えてくれたみなさんの気持ちは本当に嬉しいって思ってます。それに、理一さんたちの方がよっぽど危ないことしてますからね……』

つぶらな点目で、まっすぐに自分を見つめてくる。
(おや……)
どうやら盛大に藪をつっついてしまったようだ。
飛び出た蛇の矛先が、こちらへ向かってきた。

『何の話だい?』
『とぼけなくてもいいです。ブルーバードって、あれ、侘助さんが作ったんでしょう』

「え、そうなの?」「なんで侘助?」……太助と直美の呟きを横に聞きながら、俺は口にするべき答えを考えた。

『どうしてそんなことを考えたのかな』
『コードです。ウィルスプログラムのコード記述のクセが、侘助さんと同じでした』
『……なるほど』

ラブマシーンの解体作業を横で見てましたから……と淡々と答えられて、俺は内心で舌を巻いた。
どうやら、彼に対する評価を大幅に改めなければならないようだ。

『やっぱり、侘助さんなんですね……どんなに被害が小さいからって、あんな事件の直後にウィルスなんか作るなんて。危険すぎますよ!』
『いや待ってくれ。あいつの名誉のために誓っていうが、俺たちはウィルスなんて広めてはいない』

両手を小さく挙げて降参の意を示す。

『あ、やったのは認めるんだ』
『太助おじさん、黙って』

どういうことです? 訝しげに首を傾げた健二にむかって、俺はゆっくりと言葉を口にした。

『ウィルスなんかじゃない。ただのジョークソフトだったんだ』


公には口にできない独自のルートで事情を察知していた自分は、とにかく時間稼ぎを講じることにした。
相談を持ちかけて、「暇つぶしに作ってやった」と、横柄な言葉で照れ隠しをしてよこした彼の作ったものは、一見ウィルスのように見えるが実際にはプログラムに何も手出しをしない。
不具合があるように見せかけるだけで、もちろん、不特定の誰かに向かってメールを送信したりもしない。
冗談にしても悪質といわれるだろうが、それでも人様には迷惑をかけないようにと考えられたものだった。

『何しろあいつが寄こした時のタイトルは《Unknown》だったんだからな。いつのまにブルーバードなんて名前がついたのやら、俺が知りたいくらいだよ』
『え……じゃあ、手を加えたの理一さんじゃなかったんですか? 俺はそうだとばっかり……』

耳に入ってきた佐久間の呟きに、こっちの目が丸くなった。

『ということは、佐久間くんじゃなかったのかい? 俺はてっきり君がやったのかと思っていたんだが……』

二人で顔を見合わせて絶句する。
じゃあ、一体誰が……?
誰もが無言で首を捻り、答えの出ないままに黙り込む。
しん……と落ちた沈黙の中で、ぴょろりーん、と場違いな電子音がひとつ響いた。
どうやら、夏希にメールが届いたことを知らせるアラームだったらしい。
ちょっとごめんね、と断りをいれて動いたナツキが、メールアイコンを操作して――叫んだ。

『あ、ブルーバード!』

渦中のウィルス様のご登場に、場がざわりとどよめく。
広めたのは自分であっても、ウィルスへと変貌させた人物はこちらサイドにはいない。さてこれはどういうことか……と思い巡らせていると、彫像のように固まってじっと考え込んでいたリスが、ぼそりと呟いた。

『これ、使えるかも』

小さな声だったが、聞いていたのはもちろん俺だけではなかった。

『あん? 健二、どーゆーことよ。何か思いついちゃったワケ?』
『うん――それでOZの主に手紙を送りましょう』
『………健二、分かる言葉で説明求む』

間抜けな声を出したのは佐久間だったが、その場にいた全員の心の声の叫びでもあった。
あんた一体何言ってんの!? という。

『えっと、可能性ですけど。侘助さんのソフトをウィルスに変えたのは、OZじゃないかなって思ったんです。とにかく広めて足跡を拾いたかったのか、騒ぎにして作った人焦らせて特定させたいのかは分からないですけど……きっと、なんとなく見当をつけて、僕らの方を探ろうとしていたんじゃないかって』

そこまでは自分でも思い当たっていた。自分たちでないとすれば、捜索しようとしている相手側しか、改変した人物が思い浮かばない。
きっと眼鏡の彼も同じことを思っていたことだろう、だからどうして「手紙を送る」ということになるのかと、佐久間がせっせと先を促す。

『ということは、ウィルスは今、確実にOZとつながっていることになる。OZの主を指定するキーワードを入れれば、絶対に相手に届いて、本人からの答えが返ってくる。メールを追えば相手を互いに特定できるんですから、変な小細工はしてこないはずです』

ふっと、そこで彼は言葉を切って。
固唾を呑んで聞き入っていたみんなを、ぐるり、と見回した。

『相手が誰か分からないなら、相手に来させればいいんですよ』

力強く言い切った彼は、小さく微笑んでいた。

『健二くん……』
『健二さん……』

夏希と佳主馬が、陶然と彼の名前の呟いているのが聞こえる。
分かりやすい親戚の子どもたちの態度に、思わず心の中で笑ってしまう。
(まぁ確かに、これは滅多にない逸材だがね)
有事の際に見せる判断力に決断力、後方支援が適任だと思っていたのだが、なかなかどうして。
(大したアタッカーじゃないか)
ずば抜けた行動力に感心していると、「だからコイツに知られるの嫌だったんだよ」……という、一番身近にいる人物の悲鳴に近い嘆息が聞こえてきた。
振り回される身としては、たまったものではないのだろう。
自分の立場からすると、是非某団体へスカウトしたいと思うが、

『健二さん、誰が相手でも、僕が絶対守って見せるから』
『私だって、健二くんに指一本触れさせないんだからね』

闘争心あらわに競い合ってるこの二人相手では、容易ではないだろうなと苦笑する。
うちの一族の執念と気合と根性は、並ではない。

『うん、ありがとう。僕も、僕を助けようとしてくれたみなさんを守りたい』

そして、押しの強い二人に振り回されているのだろうとばかり思っていた彼は、結構な性格の持ち主だと言うことも正しく理解した。

『絶対に――勝ちます』

強い瞳で、静かに紡いだ彼の声が落ちる。

『健二くん……』
『健二さん……』

ふたたびうっとりと彼の名前の呟く夏希と佳主馬の頭上に、ずきゅーん、という文字が浮かんで見えた。
きっと、本人たちの目はハートになっているに違いない。
たぶんこの先、二人は相当苦労を強いられるだろう。
どちらが勝者になるかは分からないが、二人の挑む相手はこの上なく優秀な頭脳を持ち、人を思いやる優しさと敵に怯まず相対する勇気を持ちながら――恐ろしいほどに鈍感だからだ。

 ――っていうか、何であれで気がつかないワケ? 夏希も佳主馬も、めちゃくちゃ直球じゃないの。
 ――健二くんだからねぇ。こっちの存在完璧に忘れられてるね。

大人組は完全に置いてけぼりだが仕方がない。
(まぁ、頑張れ)
理解のある大人としては、楽しく……いや、生暖かい瞳で見守ってあげることにしようと心に決めた。

『じゃあ、送るよ』
『はい、お願いします』

オズの王《King of oz》……健二が読み上げた単語を、夏希がダイアログに打ち込み、OKボタンをクリックする。
――数分後、メール着信のアラームがチャットルーム内に鳴り響いた。
受け取った夏希が読み上げた件名は「エメラルドの国へご招待」。
本文には、ウィルス解除用のパスワードと、OZ内の特定ポイントを示すアドレスが記されていた。

『みんなで、一緒に行きましょう』

健二の声に、全員がはっきりと頷いた。


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