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[SW] LLC 6

 二人のへやに、魔法使いのおばあさんがやってきて言いました。
「わたしの孫が、今、病気でな。しあわせの青い鳥を見つければ病気はなおるんじゃ。どうか二人で、青い鳥を見つけてきておくれ」
「うん、わかった」
 チルチルとミチルは鳥カゴを持って、青い鳥を探しに旅に出ました。

《青い鳥 メーテルリンク》














[ 二〇一〇年 九月九日 ]


物理部に据え置きのコンピュータから、いつものプライベートチャットルームへアクセスすると、そこには先客を知らせるサインが点灯していた。

『ちーっす』

挨拶を口にしながらぐるりと室内を見渡すと、夏希と佳主馬、そして太助と理一と直美のアバターが目に入った。

『やぁ佐久間くん。学校帰りにしては、今日も早いねぇ。ちゃんと勉強してるの?』

のんびりと声をかけてきた、カウボーイハットに赤いスカーフをなびかせたアバターは、夏希と佳主馬の叔父に当たる太助だ。

『部室から接続してますからね、授業終わったらすることアリマセンし、俺が物理部に入り浸ってるのは周知の事実なんで、今更気にするような人もいませんし』

事実をそのまま返したら、あはは、充実してるのかよく分からないねぇ……と太助に笑われた。

『学校で夜更かしはあまりいいとはいえないなぁ……というのは余計なお世話か。失礼、こっちでは今までの結果を話してるところだったんだけどね』
『さっぱり成果がないって言ってたとこよ。ほんとにOZの親玉だっけ? に殴りこみになんかいけるもんなのぉ~?』

続けて声をかけてきたのは理一と直美で、太助と三人で現在までの状況を確認しあっていたようだ。
夏希と佳主馬が激しい火花を散らして終わったあの密談のあと、夏希は夏休みで動ける内にと両親を説き伏せ、上田の屋敷へ乗り込んだという。
必死で状況を説明したが、本家の名前を借りるような行為に、今や一族の長である万里子の反応は決して良いものではなかった。

「まぁでも、夏希ねぇはうちで一番栄大おばぁちゃんに似てるから」

勝負時の度胸と根性は座ってるから大丈夫じゃない――という佳主馬の言葉を、さすがにまるっと信じたわけではなかったが、

「みんなも協力するって言ってくれたから」

という一族のみなさまを引き連れての、晴れ晴れしい迫力笑顔での成果報告には、唖然とするしかなかった。

「陣内家って、いったいなんなの」
「だから普通のウチだって」
「だからそれふつーじゃないですって……」

健二を助けたいという決死の覚悟が家長の心を動かしたのと、「身内のしでかしたことは身内で解決するんでしょ! 健二くんは私たちを助けてくれた、私たちは健二くんを助けなくていいの? 今やらないで、いつやるのよっ!」と泣きながら叫んだ一言が決定打になったらしい。
健二はもう家族なのだと、陣内家の誰もがはっきりと認めた瞬間だった。

行動力のある大人たちに(俺が)状況を説明し、あらためて協力を要請し、各自が自分のつてを使ってOZへ揺さぶりをかけてくれた。
どこから突破口が開けるか皆目検討もつかないので、特に約束を交わしたわけでもないけれどOZで成果を報告するのが最近の日課になっている。
もちろん日々の生活も大事なので、手の空いている人や空いている時間に顔を出すと言った感じで、揃っている面子は日によってバラバラなので、毎日ログインしている自分と夏希、佳主馬を別とすると、大人三人でも多い方だったりする。
金髪の美女に荒野のガンマン、くねくね動く謎の緑色の物体(アザラシ?)のアバターが並ぶショットは、見慣れたけれど結構シュールだ。
――と、今までは席でも外していたのか、

『来てたんだ』

二足歩行のウサギが立ち上がり、自分に近づくと、ぴっと手紙のアイコンを指し示した。

『佐久間さん、コレ何の冗談?』
『あ、それ、私にも来てたよ』

同時に、シカ耳で袴姿の少女も同じような反応を俺に示したので、
(ああ、あれか)
ピンときた。

『おー、早かったっすね。なるほど二人に送られたわけか……てか、そんなに嫌がんないでくださいよキング。俺ら運命共同体でしょ』
『……ウザいキモい』
『えぇー、佐久間君と同類って、何かやだなぁ』
『ちょっ、先輩まで! ふつーそれ口に出します? ひでぇの……あ、書いてあったパスください』

二人とも容赦ないセリフだが、こんな扱いにも慣れっこなので、特に気にも留めないし、自分が気にしないと分かっているから平気で冷たくあしらっている……と思いたい。
少なくとも、軽口が叩けるくらいには連日相談に明け暮れているのだから、お互いの性格は分かってきている。
自分の言葉を打ち終わると同時にキングの頭上に、少し遅れてナツキの上に半角英数字が並んだチャットバルーンがぴこんと上がった。
メールソフトを操作して、モニターに浮かんできたダイアログに、二人が書いたパスワードを打ち込む。

『よし解除、っと』
『何やってんのあんたたち』

興味津々と言った体で、直美の声が割って入ってきた。

『あれですよ、例の……ブルーバードです』
『なにそれ、日産?』

直美の後ろから物珍しげに顔を覗かせた太助が、ぱちくりと目を瞬かせた。
かくっと。
頬杖をついていた手がずれた。

『……違いますよ。いまOZで流行っているウィルスの名前です。OZニュースとか掲示板で話題になってるんですけど、聞いたことありません?』
『ああ……すごい勢いで出回っているようだね。職場でも話題になっていたよ』
『理一さんの職場での感染は、ちょっとまずいですねー』
『ウィルスって、アンタそれ面白い顔して言ってるけど、大事じゃない』

面白い顔って、アバターを指差して言われても困るんですけど。
ドットを使っているのは少しでも演算能力を軽くするためなのだが、そんなことを声を上げて訴えたところで、この金髪美女相手では笑われて終わりな気がする。
無駄な抵抗は早々に諦めて、

『ウィルスっていっても、ほとんど実害はないんです』

説明に専念することにした。

名称「ブルーバード」と名づけられたそれは、新種でありながらもほんの一週間ばかりの間にOZ中に広がった、ものすごい感染力をもったウィルスだ。
感染経路はメールで、あおいとり [bluebird]というタイトルで送られてきたメッセージを開くと添付されたウィルスが解凍され、ひとつのダイアログが浮かんでくる。
あなたのたいせつなものはなんですか? [What is an important one for you?] というメッセージが、まさに童話の『青い鳥』そのものだったことから、件名がそのままウィルスの名前になったのだ。

『んじゃ、メール開かなきゃいいんじゃないの?』

太助からのもっともな感想に、その通りなんですけどねー、と含み笑いを返す。

『さっきも言った通りほとんど被害ってないんですよね。例えば、音量の調節が一段階だけ使えなくなるとか拍手コマンドだけが使えなくなるとか……機能制限はランダムですが、制限されても他の機能で代用できるようなもので。しかも、感染しても対処法がものすごく簡単で……ちょっと面白いんですよ』
『面白い?』
『ええ、答えを入れるんです』

メッセージ通りの答え、つまり、受け取った本人にとって大事なものをダイアログに打ち込む。
すると、その『答えに添った相手』に制限解除用のパスワードが記されたメールが送られる。
メールを受け取った相手がパスワードを自分に教えてくれれば、簡単に制限解除できるし、一度ウィルスメールを受け取ると二度とは来てないので、いまのところ二次感染の危険はない。
不思議なことに、転送するとウィルスは展開されないという。

『それってさ、まったく関係ない相手に送られる可能性もあるんじゃないの。どーすんのよ』
『放っておけばいいんだよ』

直美の質問に、素っ気無い答えを出したのはキングだった。

『えー、アンタちょっとそれひどくない? まぁ他人事にはあんまり首つっこみたくないってのわかるけど』
『ああ違うんです、キングの言った通りなんですよ。実は放っておけば直るんです』

ウィルスが作動して答えを入力しないまま一定期間が過ぎると、パスワードを入力しなくても不具合は全てなくなる。添付されていたはずのウィルスも自動削除されているという。
ダイアログに大切な人の名前を入れて、メッセージを送る。

『まるでラブレターみたいだからって、すっごく流行ってるんだよね!』

すこし上気した夏希の声に、「はぁー、若い子は暢気なもんねぇ」……と直美が呆れたようにため息をついた。

『ま、そんなわけで、ですね。俺に来たウィルスさんに、ためしに「同盟者」って打ってみたわけです。二人に送られたりするんですね』

自分の場合は、『走る』というコマンドが使えなくなったことくらいだ。飛ぶことができるので別になんら支障はないのだが、使えないとなるとそれはそれで気持ちが悪い。

『なるほどね』

感心した口ぶりの理一の声に、ちらりと意味あり気に視線を走らせる。

『まぁ、このウィルスが広がってくれたおかげで、俺たちはちょっと助かってるわけですけど』
『どういう意味だい?』

まるで動揺する気配がない相手に、
(ほんと表情が読めない人だな)
と内心で感嘆しつつ、

『監視の目が逸れたってことですよ』

自分たちにとって、とても重要な事実を答えた。
大して被害はないとはいえ、爆発的に蔓延してしまっている以上、OZのシステム管理部としては無視はできない。
それ相応の人員をウィルスに対して割かねばならず、結果として追及の手がこちらに届くまでの時間を稼ぐことができている。
とは言っても、

『こっちもあんまり、進んでないけど……ね』

呟いた夏希の声が、どことなく影を帯びて、ぽつりと落ちた。
二人は目立つ行動を――そう言った自分の言葉を、ナツキとキングは忠実すぎるほどに実行していた。
なるべく早く解決したいという一念が二人を動かしているのだろう。

『夏希ねぇ、疲れてんじゃない? どうせ持久力ないんだから、途中でバテる前に休んでおいたら』
『ぜんっぜん、ちっとも疲れてなんかないわよ。だいたい、貴方だってずいぶんなご活躍じゃない』

艶やかな吉祥の姿で場を賑やかにさせているナツキとは別に、キングは今までは参加することのなかった、地下で密かに行われているストリートファイトを、手当たり次第に繰り返していた。
二人とも、目立つ存在ではあるが、別に注目を浴びたいと願っているわけではない。
普通であれば、好奇の目に晒され続けることはかなりの負担を強いられるはずだ。
けれど――何かせずにはいられないという、焦燥感があるのだろう。
声に疲れが見えるほどに疲労が蓄積していたが、決してやめるとは口にしない。
大人たちも、やめろとは言わない。
絶対に音を上げることがないと言うことも、分かっていたからだ。

『あ、すいません。ちょい離席』

ボイスチャットを使わず、とっさにたたっとキーボードに打ち込んで、チャットバルーンが出る前にミュートボタンを押しつつ画面を切り替えた。
と同時に、カチャリとドアノブが回る音が響いた。
(セーフ!)

「あれ、佐久間。今日もバイト?」

ボロい部室のドアを開けて顔をのぞかせたのは、予想通り見慣れた親友の顔だった。

「そー。しがないバイトさんは本日もこき使われておりますよ」
「なんだ、言ってくれたら手伝うのに」
「あん? 何をおっしゃいますかリア充よ」

カバンを置こうとした彼に向かって、しっし、と手で追い払う仕草をする。

「愛しの夏希先輩と、手ぇつないで一緒に帰るんじゃないのかよ」
「な、なななな、何を!」
「照れるな隠すな、もうつきあってんだろ。小心者で奥手で女性経験皆無な親友の赤飯ものな現状に水を差すほど、俺は野暮じゃないわけよ、わかる?」
「そんなわけないだろ! 馬鹿なこといわないでよ。だいたい、夏希先輩は受験生なんだから勉強でそれどこじゃないし、先に帰ってるよ」
「マジかよ。つまんねーなぁ」

わざと大げさにため息をついて。
くるり、と椅子ごと相手の方を向いて、

「じゃあ、小磯くんはさみしんぼなわけだ。何、俺に慰めてほしいって?」

ニヤニヤと笑ってみせれば、

「帰る」

彼はむっとした顔で短く言い捨てて、カバンを肩にかけなおした。
分かりやすすぎる態度に、思わずぶっとふき出してしまう。

「わりーって。ほんとにお前に手伝ってもらうほどじゃないから、気にすんなよ」
「わかってる。なんとなく寄ってみただけだし、別にやることないなら帰るよ」

この部屋暑いし、というもっともな言葉に、そりゃそうだと頷く。
新学期もはじまり、暦的にはとっくの昔に秋に突入したはずだっていうのに、季節はまったく夏を忘れてはくれないようだ。
クーラーもない部屋でパソコンを数台稼動させていれば、廃棄熱が加わって外気より暑くなるに決まっている。
ドアノブに手をかけた彼が、ふっと俺を振り返った。
何かを言いかけて軽く口を開き、迷うように目をさまよわせる。

「……佐久間」
「あん?」
「あのさ……何か……いや、やっぱいいや」
「何だよ、気になるな」
「何でもない。部室に泊まるのもいい加減にしときなよ」

物理部に幽霊が出るってうわさになってるよ、というあんまり役に立っていない忠告を置いて、去ってゆく親友の後姿を見送る。
完全に気配が消えたところで、ふーっと息をついた。

『戻りましたー。夏希先輩、勉強にいそしんでるんですって?』
『え? 何、もしかして健二くん? もう……そうよ、健二くんを幸せにする会の勉強に夢中なんだもの、嘘なんてついてないわよ』

言い切ったナツキの声は、少しばかり照れているようだ。
美女にここまで好かれるなんて羨ましいヤツだな、と先ほど別れたばかりの親友に、口には出さずに声をかける。
冷やかしをかけた時の情けない顔まで思い出して、小さく笑っていると、彼女から質問が飛んできた。

『そういえば前から聞きたかったんだけど、リセキって何のこと?』
『席を離れますよってことで、一時的に会話に参加できないときに良く使うんですよ。さっきの俺の場合は手が離せないって言う意味で使いましたけど』
『ふーん』
『誰かが来る気配がしたんで、画面切り替えたんです。やっぱり健二だったんで一瞬ひやっとしましたよ』 
『あの子なら、ちょっとくらい見られたって気がつかないんじゃない』

直美の率直な意見に苦笑する。
言動はいちいち弱気だし、誰に対しても押しは強くないし、一見すると頼りない高校生でしかない風貌の健二は、ぼんやりしていると思われがちだ。

『まー確かに、あいついろいろと抜けてますけど。でも気をつけてください、健二って妙なトコで鋭いんですよ。強烈にしつっこいし』
『あんまりそんな風には見えないけどねぇ』
『すっごいしつこいですよ。もー、終わったことをネチネチクドクド繰り返しますからね』
「そんなにひどいかなぁ」
『酷いなんてもんじゃないですよ。もう、あきらめの悪さにかけてはぴか一ですから。なんていうんですかね、一度深みにはまると簡単に抜け出せないっていうか、細かいことにこだわりすぎるっていうか』
「それはもう……もともとの性格だから仕方がないよね」
『ま、確かにあれは直しようがないって話も……』
『……ねぇ、佐久間くん、言っていい?』
『佐久間さん、あんた、誰と会話してんの』

(……………あれ)

たっぷり十秒ほどモニターの前で固まって。
ギギギ……と、ロボットのようにぎくしゃくとした緩慢な動作で、おそるおそる、後ろを振り返る。

「で、佐久間。説明してくれるよね?」

にっこりと笑った親友の顔が、どんな怪談話よりもホラーだった。


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