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[SS-RO] あさ と けみ

アサシンとアルケミストとおまけのお話です。

ふっと、はっと、あぷろだに投稿してたことを思い出してもってきました。
今まですっかり忘れてたとかそんなこと(あるよ……)

ちょっと「らしくない」書き方を狙ったら、最後で崩壊しました。
人間、理想は高くとも無理しちゃいかんぜよ……。



最後にも書いてますが、ぼくはこのBSが大好きです。(真顔)



「降りそうだよ、カプラにしときなよ」

肩越しに聞こえてきたのは、少しばかり心配性の気がある友人のブラックスミスの声だった。

「んー? 晴れてるけどなぁ」

ひょいと荷物を脇に抱えた男は、心配無用とばかりに、相手にひらりと片手をあげる。
狩り仲間である彼らの溜まり場は、ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラにあった。
交通の便のよさ、物流の快適さから、プロンテラを逗留場所としている冒険者は数多い。
理屈はよく分からないが、都市間の空間のゆがみを利用したというカプラ・ジョンダによる転送サービス網が首都を中心に発達していたし、少し足を伸ばせば衛星都市イズルードからは飛行艇も利用できる。
とかく移動には不自由しない場所を拠点としていたが、なにぶんサービスというものには、相応の対価がかかるというのが世の中の『仕組み』というものだ。
頻繁に使うものであるから、その加減はいい塩梅になっていて、利用者の懐をさほど痛めるものではないが、節約するに越したことはない。
歩きで十分と判断し、男が溜まり場である人形売りの露店横を離れた時には、確かに雲ひとつない快晴であった。

だが、急ぎ足で歩を進める間にあれよあれよと雲が湧き上がり、ポリン島と呼ばれるぽよよんと緊張感なく揺れる愛らしい魔物がひしめくエリアを通り、濃厚な緑の香が満ちた山岳都市フェイヨンに到着した頃には、男の頭上は灰色に埋め尽くされていた。
低く垂れ下がった雨雲から、最初の一滴が落ちてきたと思ったのと、男が目当ての家の軒先に飛び込んだのは、ほぼ同時であった。

「あー、やっぱり降ってきたか」

小脇に抱えた少し……いや、かなり大振りな荷物を抱えなおし、男はふっと安堵の息をつく。
大げさなことも多いが、こと天候に関しては友人の言葉はよく当たる。
荷物には大事をとって油紙を巻いてあったが、湿気を嫌う品物も含まれていたので、雨に当たらずに済めばそれに越したことはない。
急ぐ用件ではないと、物見がてらにのんびり行こうかと思っていたが、足を早めて正解だったようだ。
男が軒下に身を置いてから数分も経たない内に、雨足がぐっと強くなった。

(……ま、本降りにはならなそうだ)

ざあぁーと聞こえる雨音は大きく大粒ではあるが、見上げた空の雲はそれほど厚くはない。
初夏の匂いをはらんだ通り雨である。
しばらくすれば止むだろうと見当をつけ、男は視線を戻した。
ふと己の肩口に目を落とすと、シミのような小さな点が、いくつか上着に滲んでみえるのに気がつく。

「さすがに無傷とはいかない、か」

彼が身に纏った装束は、藍を何度も重ねて染め上げたような深い紫色である。
数滴散った雨粒のおかげで、暗めの藍がさらに濃い闇色となっているのを見て、

(まるで血の痕のようだ)

といささか物騒な事を男が連想してしまったのは、彼自身の職業に寄るせいかもしれない。

ここミッドガルド大陸では、身につけることのできる服装が職種によって厳密に定められていた。
むろん、全ての人がというわけではない。
冒険者という特殊な仕事を生業とする人々に限って、各々が属するギルドから、必要なだけの衣類が支給されるのだ。
いわく、冒険者は常に生死に関わる危機に晒されている。有事において攻守バランスのとれたチーム編成を素早くかつ的確に成さねばならず、誰の目にも即理解できるよう、職業を明らかにしなければならない、とか。
いまひとつ信憑性に欠ける眉唾ものの俗説ではあるが、お陰さまで身に着けているものによって、一目で何の職に就いているか分かるというわけだ。
闇色の衣は、男が暗殺者……アサシンと呼ばれる職であることを示していた。
暗殺者などと言ってはいるが、冒険者としてのアサシンギルドは、殺しの仕事を請け負うようなことはしていない。何処かに秘密裏に存在するという裏ギルドでは、暗殺が仕事として成立しているという噂があったが、真偽の程は定かではない。
ギルドで学ぶことのできる技術や、カタールという特殊な形状の両手武器、スピードや毒などといった攻撃スタイルから、形式的にアサシンと呼んでいるに過ぎない。
実際的には他の職種と変わりなく『冒険』を主に生活の糧としていた。
彼は、例に漏れない典型的冒険野郎なアサシンであった。
今日とて本拠地から足を伸ばした理由は、要望された品物を数種類狩り揃え、自宅まで届けるという、しごく平和的な内容の依頼のためなのである。

「こっちだったな」

アサシンは、目の前の頑丈そうな楢材造りの扉には目もくれず、すぐ脇に口を開けた階下へと下る薄暗い階段に足を向けた。
夫婦に子ども二人ほどの標準的な一家であれば、窮屈せずに暮らせるだろうという広さをもったその家からは、どうしたことか生活感があまり感じられない。
それはそうだろう。
持ち主である二人の内の一人は、ほぼ年中冒険へ出かけ、家に帰ってくることが一年を通して一ヶ月ほどもないという。
そして、もう一人は半地下の元・貯蔵庫へこもりっきりなのだ。
一日の大半を地面の下で過ごし、風呂と就寝時だけ上の家屋を使っていると聞いた。

(もったいないことで)

自分のような根無し草には、率直に羨ましいことだと男は思う。
アイテムの品質を保つためだとか、調合にと製薬には日の光がご法度なのだとか、半地下で過ごす理由も知っていたので、別に人様の持ち家の管理にあれこれ口を出すつもりもない。
こういうのを宝の持ち腐れとか言うんじゃないかとも思ったが、そうかといって地に足をつけて定住している己を想像してみても、違和感しか感じない。
そんなことはありえないが、万が一「はいどうぞ」などと受け渡されても、きっと手に余ってしまうなと男は嘆息した。
人には分相応というものがある、そういうことなのだろう。
ほとんど使われることがないという立派な母屋の扉を通り過ぎながら、「まぁでも、やっぱりもったいないけどな」と男は染み付いた貧乏性魂のままに、声には出さずひっそりと胸のうちで呟いた。

男の名はヒュリクという。
身体つきは中肉中背、身体的にも容姿的にも、とりたてて特徴のある風貌の持ち主ではない。
強いて言えば、少しだけつりあがったまなじりが一見とっつきにくそうに見えるということと、昼にもまぶしい黄金色の髪の持ち主だということが印象に残るかもしれない。

「仮にもアサシンとしてさ、闇夜に全くまぎれない派手な色はどうかと思う」

と友人のブラックスミスはよく呆れられたが、ヒュリク自身は結構気に入っていた。
以前付き合っていた彼女が、たわわに実った麦の穂みたいで好きだと言ってくれたからだ。ただ、その彼女は「放っておけないから」と、いかにもおぼっちゃま然とした頼りない男の元に行ってしまったが。
相手は、新芽のような若草色の髪をしたの鍛冶屋だった……まぁ、相方のことだが。
要は、一緒にパーティを組んでいた友人同士が、いつのまに自分をすり抜けてくっついていたのだ。
なんてこったいな事態だったが、そんなに落ち込んでいないどころか、ヒュリクはまったく気に止めていない自分自身の心情に、少しだけ驚いた。
出し抜かれた、とか、裏切られたとも言ってもいい状況なはずであるのに、まったく怒りが沸いてこないとはどうしたことなのか。

そもそもヒュリクは、何か明確な意思があって冒険者になったわけではない。
両親とは早くに死に別れ、面倒を見てくれる親類もなく、行くあてもつてもなく、たまたまシーフギルドに入り、なんとなく生きる手段として冒険者になった。
やや浅黒い肌の色は日焼けだけではなく、もともとの地の色なのだろう。
砂漠の民の生まれなのかもしれないが、彼が己の出自を口にすることはなかったし、冒険者が力量の見合う相手とパーティを組むために集う広場では、流れ者はお互い様と、素性を気にする者などいなかった。
だから、なのかもしれない。
偶然知り合った気の合う仲間と一緒に過ごして、狩りをしながら腕を磨いて、ああでもないこうでもないと、わいわいと騒いでいるのが楽しくて、その先など考えていなかった。
一緒にいながらも、どうして行こうなどという未来を見ていたわけではなく、ただ今の状態が続けばいいと願っていた。
互いの関係の名前が変わろうと、一緒に冒険をする仲間という位置が変わらなければ、ヒュリクにとってはたいした問題ではなかったのだ。
だから何やら気まずげな顔で、情けなく眉尻を落として、

「ヒュー、あの……」

と言いさした友人の頭を、ヒュリクはおもいっきり手加減なしのこぶしを見舞ってやった。

「シザル、『ごめん』とか言ったらぶっとばすぞ」
「も、もう殴ってる!!」
「あーそうか。わりーわりー」
「こ、こ、心がこもってないっ」
「ねぇよ、そんなもん」

ひどい!……と涙まじりに叫んだブラックスミスのか細い声をきっかけに、彼らは声を上げて笑いはじめた。
そんな男たちを固唾をのんで見ていた彼女の目尻に、きらりと光るものが見えたが、ヒュリクはそ知らぬふりを決め込んだ。

そうしたこともあってか、現狩りの相方であるブラックスミスのシザルと、元彼女であったプリーストのルディナは、狩りついでに済むようなアイテム収集の依頼を、よく都合してくれるようになった。
ソロ狩りができて、大して回復剤まみれになることもなく、無理せず長時間修練も積める場所を、これまた的確に選んでくれる。
ようは二人っきりの時間を邪魔されたくないんじゃ? ……と思わなくもない。
だが、修練を積んでレベルが上がり、念願の製造に費やす時間が多くなった相方を待っているだけというのは、とてつもなく手持ち無沙汰だった。
製造支援ができるプリーストと違って、本当にやれることがないのだから仕方がない。
暇をもてあますよりはと、ありがたく依頼をこなすことにして、ミッドガルド大陸の北、国境にある都市アルデバランの時計塔地下迷宮の四階に通いつめること七日間。
スナッチというスキルを発動し、悠々と収集目的物である魔女砂を集めるローグやチェイサーの間に挟まれて、

「SPつかわねーからって、ちくしょう!」

などと、狩りの合間に幾度か切ない本音が漏れたが、誰に聞かれているわけでもないのでいいだろう。
取り急ぎと言われたわけではなかったが、依頼されたら手早く品をそろえることにヒュリクは意義を感じていた。
知り合いからの用向きであっても、手を抜くわけにはいかない。
いや、依頼主が顔見知りであればなおさらの事、納品を遅らせるなど、ヒュリクの冒険者としてのプライドが許さないのであった。
スティールで乏しくなった己の精神力を見比べ、ギリギリと周囲を睨み。回復の遅さに歯噛みしたのも、品物が揃った今ではいい経験である……と思いたい。
今回の報酬で懐が潤ったら、次はレモンを抱えていこうと、いささか本末転倒なことを思いながら、依頼人が居るはずの半地下へと向かうアサシンの足取りに迷いはない。
直接届けるのは二度目くらいだが、シザルを介して何度か頼まれている相手であるので、勝手は分かっている。
ふと、アサシンの鼻先を異臭がかすめた。

(………?)

狩場でもないというのに、常のクセで足音を消しながら、階段を下りていた彼の足が、ぴたりと止まる。
ざぁざぁと地面に叩きつけるように降り注ぐ雨と、周囲に茂る濃密な緑の匂いが混ざり、その香の存在が薄まっているが、確かに樹木の蜜のような甘さと、どこか土っぽい安堵感を感じる匂いがする。
薄闇の奥からほのかに立ち昇るその香をヒュリクは異臭と評したが、決していやな匂いだと思ったわけではない。
常とは異なるもの、つまりは自分が日常ではついぞ嗅いだ事のない匂いだったからだ。
自分は知らない匂い。
ならば、この奥では、

(依頼人が作業中なのかもしれない)

と考えたからだ。
製造や製薬といった作業にはまったく疎いものでよく分からないが、この香りは何か精密な作業のと中であるかもしれない。
であれば、このまま不用意に扉を開けるのは得策ではない。
アサシンが立ち止まったのは、匂いそのものに戸惑ったわけではなく、部屋の主が取り込み中ならば邪魔をしてはまずいと思ったからだ。
半地下の扉前まで移動したものの、しばしノックを躊躇した彼の心をまるで察したかの様に、

『鍵は開いてますよ』

と、穏やかな『声』がヒュリクの頭の奥に響いた。
いや、声というのは正しくないかもしれない。
『音』という方が合っているのか、それとも『念』と表現した方がいいものか。
空気を伝って音を届ける声の代わりに。自分の意志を意図した相手へと伝える『囁き(ウィスパー)』と名づけられたこの伝達方法は、冒険者の間では周知の手法だ。
初心者修練所という、職業訓練校のようなもので習うことのできるごく初歩の魔術である。
意志が阻まれるという例外の場所もあるようだが、ミッドガルド大陸では大抵のエリアにおいて囁きを用いることが可能となる。
一度覚えてしまえば便利なもので、例えば海を隔てた距離においても、互いの意思を通わせることができるのだ。
条件は、お互いの名前を知っていること、それだけである。

『私のことは気にせずにどうぞ』

続いてやんわりと促す声に、何故躊躇った自分のことがわかったのかとアサシンは不思議に思う。
以前プロンテラの溜まり場で会った時も感じたが、おっとりとした外見とは裏腹に、やたらと人の心情に鋭いところがある相手だった。
サリューレという、なかなか優美な響きを持った相手の名を思い浮かべながら、

『そうさせてもらう』

ヒュリクは、声の主に囁きを返した。
薄暗い闇に手を伸ばし、ゆっくりと扉を押し開ける。
開いた扉の隙間から淡いランプの光がこぼれ、先ほど嗅いだ香りが、より強く自分を包み込むのを感じた。
香木より繊細で柔らかい、まるでシナモンのような甘い香がすうっと体の奥に染み込んでくる。
体ひとつ分開けた扉からするりと体を滑り込ませると、部屋の中は思ったほどに煙いわけではなかった。
製薬というイメージから、勝手に煙がもうもうとしている部屋を想像していた自分を可笑しく思いながら、ヒュリクは空間全体に薄い膜がかかっているかのようにぼんやりとして見える周囲をぐるりと見渡す。
気配を察したのか、

「すみません、散らかってまして」

部屋の主であるアルケミストが、薄煙のヴェールの向こう側から部屋の乱雑さを侘びる声が響く。

「あ、いや……そんなことは……」

ない、と。
反射的に声を返したアサシン言葉は、世辞でもなんでもなく、本意であった。
ピッキの干物やら硬い茎の束やらが梁からぶら下がり、輝くウロコやキノコの胞子がぎっちりと詰まったガラス瓶が、綺麗にスタッキングされて陳列された棚に囲まれて過ごしているというのは、確かにある種異様な光景だ。
前に訪れた時にはまだ空きがあった書類棚の前にも、ヒュリクには読解すら困難な数値が羅列された、配合表と思わしき書類が積み重ねられている。
だが不思議なことに、物は溢れているのだが、何故か片付いているという印象を受けるのだ。

「すみません、もうすぐひと段落しますのでお待ちくださいますか」

サリューレが指し示めした壁際にある木のスツールに、アサシンは否もなく腰掛ける。
大して使われることがないだろうと思われるこの椅子にすら、埃が見あたらない。
ちゃんと掃除しているんだろうな……などと、迷いなく材料に手を伸ばしているサリューレの立ち姿を見て、ヒュリクは納得する。
雑然としているようにみえても、本人の理に沿って整理しているのだろう。
かといって、人間味を削いだような味気ない空間になることもなく、適度に息を抜ける居心地が良い場所に思えるのは、このアルケミストの温和な人柄によるものかもしれない。
薄煙の向こう側であるのに、なおさら際立つ相手の美貌にひっそり嘆息しながら、妙な縁だなとヒュリクは小さく笑った。
ヒュリクが初めてこのアルケミストと会った時に抱いた印象は、

(へー、美人って言葉はこういう時に出てくるもんなんだな)

というあけすけなものであった。
美醜にさほどこだわる方ではないが、綺麗なものは綺麗だと感じるくらいの感覚はある。
一見して男だというのはすぐに分かったのだが、性別を超えた美というものが存在するのだと、生まれて初めて体感したのだ。
さすがに本人に対して口にするような非礼な真似はしなかったが、物腰の流麗さや、おっとりとした口調、穏やかな微笑みにどう対応していいものかと戸惑った。
粗暴な相手や自分正義相手ならばいくつか対処法を心得ていたが、たおやかな相手というのは、付き合いがないだけにどうしたらいいのか分からない。
なので、

「あの人、オレの兄なんだ」

と仲介人であった相方のブラックスミスから聞かされたときには、「冗談は顔だけにしろよ」と真顔で返してしまったほどだ。
確かに肌の色、目の色に共通点がなくはない。
ブラックスミスは性根のゆるさが前面に出てしまっていたが、顔立ちも悪くはなかった。

「シザル、お前あの人から漂う知的さをどこに置いてきた?」

心底意外だったので本気でヒュリクが驚くと、シザルは目幅いっぱいに涙をためて「どうせどうせ……」といじけてしまった。
シザルの彼女であるルディナからは、

「本当のことだから仕方ないじゃない」

としごく正しい援護射撃を背後から浴びせられ、ブラックスミスは見るも憐れなほど地面にめり込んだ。
兄弟に関する云々は、どうもシザルにとってのトラウマだったようだが、どんなに落ち込もうがアサシンにとってはどーでもいいことだった。
ヒュリクの関心は非常にうまみのある仕事内容だということに特化し、結局、変に自分を作ることもなく、終始『依頼人と冒険者』という態度を貫いた。
それが功を奏したらしい。
仕事振りが気に入られたらしく、くだんの麗しいアルケミストの依頼を何度かこなすようになり、それなりに会話を交わすようになったわけだが、どうにも自分とは違う世界にいる人種だな、という印象がぬぐえなかった。

今もそうだ。
椅子へ腰掛けるようにと促したアルケミストの指は、本当に同じ男かと疑いたくなるほどに白く細い。
カタールを握り締め狩りを繰り返す、肉刺だらけの自分の両手とは似ても似つかない。
女性の指だと言われても信じるだろうとヒュリクは思う。
職業的には二次にあたるアルケミストへと転職を果たしているのだから、それなりに冒険者として修練を積んでいるはずなのだ。
なんとも複雑な表情をしたシザルに言わせると、サリューレはとうの昔に職業レベルの限界値に達しているけれど、狩りに飽いて家から出なくなったとか。

「兄さんも昔はすごかったんだよ」

シザルの言葉に頷き。頭では理解していても、このほのかなランプの明かりの下で精密な調合を繰り返す彼が、狩場で魔物相手に戦う姿がどうにも想像できない。
それよりも、冒険者としては何か違うのかもしれないが、調合に必要な材料は他の冒険者に届けてもらい、製薬を繰り返して過ごすほうが、彼には似合っている気がする。
まっさらな白衣がゆらりと漂うランプの炎の色に映えて。
長い翡翠のような髪をさらりとなびかせて……

(ん?)

一瞬感じた違和感に、ヒュリクは首を傾げる。
何だろう、前に合った時と今とは、何かが違っている。
はっきりとしない感覚に彼が首を捻っていると、

「お待たせしました」

ひと段落終えたアルケミストが、作業台の向こうでふうと息をついた。もうもうと煙を上げたガラス瓶を火から下ろしているが、何を作っているのかはさっぱり分からない。
近づいてくる相手の姿を見て、あ、とアサシンが声をあげた。

「そっか。アンタの髪……」
「え? ……ああ、私の髪ですか。精密作業に長い髪は邪魔ですのでね」

いつもであれば、腰ほどまであるアルケミストのしなやかな髪は、背中にすっと流れるようにたなびいていた。
けれど、今日は頭の後ろですっきりと纏め上げられ、ポニーテールになっているのだ。

「頼んだ荷物は……あ、これですね」

こくりと頷いたアサシンに、「いつもすみません」とアルケミストがふわりと微笑み、テーブルの端に置いた荷物へと手を伸ばす。
するりと荷の紐を解くしなやかな指。
荷物を数え、アイテムを取り出すやわらかな手。
ゆるりと動くたびに、白い白衣の袖口から、さらに白く細い手首がちらりと見えるのに、自然と視線が吸いつけられる。

「さすが、いつもながら完璧ですね。量が多いのにこんなにも早く届けてくださって……ヒュリクさんに頼むと間違いがありません」

嬉しさをにじませて賞賛の声をあげながら、サリューレが取り出した荷を棚に移す。
棚の位置が低いのか、少しうつむき加減になった後姿を、ぼんやりとヒュリクは見つめ続けた。
通気性は考えられているのだろうが、火を扱っているのだから相応に暑いのだろう。
汗ばんだうなじに、まとめそこねた後れ毛がぺとりと張り付いている。

「あ……えーと。そう言ってもらえると俺も嬉しいけど……」

生返事を返しながら、ヒュリクの両目が吸い寄せられるようにサリューレの首筋から離れない。
おかしい、とヒュリクは自分の鼓動が早鐘のように高まっているのを感じていた。
やけに騒がしいのは、己の呼吸だろうか。
サリューレの一挙一動が、まるでスローモーションのように目に焼きつき、瞬きもできない。

「やっぱり質がいいですね。仕上げにはこちらを使わせていただきましょう」

ふっと笑みを浮かべながら、アルケミストは納品したばかりの魔女砂を指先でつまむ。
優美な仕草で煙の収まったガラス瓶に腕を伸ばし、その拍子に垣間見える手首の、折れそうなほどに細い繊細な白さにぞくりと背筋が震える。
ちらちらと蝶が舞うように視界に映る、白く滑らかな肌。
アルケミストの身体のそこかしこから香気が立ち上り、己の体の奥を侵すような錯覚に囚われ、アサシンの頭の奥がじんと痺れる。
そう、まるで酒に酔わされているかのような……確かに感じた極上の色香に晒され、ヒュリクは、ごくりと生唾を嚥下した。
予想以上に頭に響いたその音に、はっと我にかえる。

「あ、じゃ、じゃあ。俺はこれで……!」

みっともないほどに上ずった声が出てしまったが、体裁など構っていられない。
しきりと頭を振るヒュリクを不思議そうに見つめ、

「もう、ですか? 今お茶を差し上げますが」

というサリューレに、慌ててヒュリクは言葉を探す。

「あ、いや、その。そろそろ雨も上がっただろうし、これからまた狩りにいくつもりだったもんで……」

嘘ではない。
本当のことではあったが、非常に苦しい言い訳めいたものになってしまい、我ながら何をやっているのかと臍をかむ。

「そうですか。では報酬をお渡しさせていただきますね」
「頼む」

やけに忙しい態度の自分を訝しく思っているだろうに、追求しないでくれたアルケミストの態度に、アサシンはほっと胸をなでおろした。
うっかり『欲情しかけました』などと、到底本人に対していえたものではない。
居住まいを正して、報酬を受け取ったヒュリクは、出された金額に軽く眉を上げた。

「サリューレさん、これはちょっと多すぎだ。んっと……こんなもんだろ」

硬貨を間引いてテーブルに返すと、今度はアルケミストが眉根を曇らせる。

「これでは少なすぎます。いえ、私の気持ちです。受け取っていただけませんか」
「つっても、これはなぁ……」

アサシンとて奉仕で仕事をしているわけではない。
割のいい仕事の方が嬉しいし、多少のイロなら喜んで受け取る。
が、モノには限度というものがある。
過ぎた馴れ合いは、ロクな結果を産まないものだ。

「ですが……」

それでは自分の気がすまないと、意外に食い下がる相手に、仕方ないなと肩をすくめて、

「んじゃあ、今度アンタの白ポーション安く売ってくれるかな。原価なんて無茶な事は言わねーから」

にっとヒュリクが笑いかけると、きょとんとした顔でアルケミストが見つめかえしてきた。
そのままじっとつきさすような視線が刺さり、流石に気安すぎただろうかと、アサシンが自分の言葉を後悔し始めた瞬間、

「白ポーションならばいくらでも……差し上げますのに」

ふわり、と。
アルケミストが花が咲くように微笑み、アサシンはまた跳ね上がった己の鼓動に、心密かに慌てた。







来たときと同じように、足音もなく立ち去るアサシンの姿を、アルケミストはゆるやかな笑みを浮かべて見送る。
扉の影に隠れ、完全に気配が遠くなった……と確信すると、サリューレは軽く己の唇を噛み、表情から笑みを消した。

(ふむ……)

自分の行動を振り返ってみたが、立ち位置も、香の配合も、時間配分も、間違ってはいない。
相手がアサシンである以上、ある程度毒に慣れているであろうし、薬が効きにくいだろうとは思っていた。
その上で、気取られないようにとギリギリの配合バランスをみたつもりであったが、

「少々手加減し過ぎましたか、ね」

常人であれば充分に効いているはずが、予想以上に耐性があった様だ。
森の緑に紛れるようにと焚いた香は、甘く痺れるように体内に染みこんでいたはずなのだから。
取り乱していた去り際の相手の様を思い出し、サリューレの瞳にきらりと不穏な光が宿る。

「……まぁいいでしょう。獲物は手ごわいほどに、楽しみが増すというもの」

その日が待ち遠しい、と。
紅を刷いたかのような唇に艶然と吐息をのせて。
ひそやかに呟くサリューレの美貌に浮かんでいたのは、まぎれもなく、肉食獣の笑みであった。






-end-



































おまけ




《だって弟なんだもん》

ガンッ!

「あうちっ!!」
「何やってるの!?」

オレの親指と目玉から勢い良く火花が飛び出た。
支援をしていたプリーストのルディナが、慌てて駆け寄ってくる気配がする。
オレの手元には見るも無残な鉄くずの塊。
そして、こんな時だけドストライクで槌が命中した左の親指が、メタボリック万歳と叫びたくなるほどぷっくりと膨れ上がっていた。

「もう、シザルってばほんと落ち着きないんだから! 製造の時に気を散らせちゃだめってあれほど言ったじゃない。少しはヒューを見習ったらどうなの」
「う……、ご、ごめん……」

小言を言いながらも、膨れ上がって二倍にばーいなオレの親指にふーふーと息を吹きかけ、癒しの魔術を施してくれる彼女に向かって、

(いや、むしろ元凶はアイツなんだ!)

と叫び出したい衝動を、オレは必死でこらえた。
泣くなオレは男の子。
たとえ製造中に無理やり一方的な思念が割り込んできても、自分は精神修行よろしく耐えるしかないのだ。

『ほんとにヒュリクさんは謙虚な方ですよね……報酬をそのまま受け取ってくださればいいのに』

製造中だという自分の状況など見事にお構いナシに、己の心境をねちねちと吐露してくださる身内のウィスに、心底げんなりする。
……いや、っていうか。
ほんとにアナタ、相当法外な金額出したんでしょう?
分かってます、身体を金で買おうとしたんですよね……。

『白ポーションならばいくらでも…(搾り取って)…差し上げますのに』

あーあーあー。
見えない。
行間なんてオレには見えない。
聞こえない。
カッコの中なんてオレには聞こえない。

『ということで、シザル。貴方の役割は分かってますね?』
『……………ハイ』


天使の顔をした悪魔の声に、誰が逆らえようか。

「ほら、泣かないの。そんなに痛いの?」

心配そうに見つめるルディナの貧相な胸の中に、こくこくと頷きながらオレは飛び込んだ。
心と指の痛みに、更に現状をややこしくしてくれる声が響いてきた。

『よーシザル、ちゃんと依頼こなしてきたぜ』
『………そう……お疲れ様……』
『なんだ暗いな? もしかして製造失敗したとか。お前落ち着きねーからな』

ええ、失敗しましたともさ。

『でな。コレを言うのもなんだけどさー。前々から思ってたんだけどな。お前のにーちゃん、ほんと色っぽいな』
『………』
「いや、俺にそんな気はねーぞ。ないんだけど、今日なんかちょっとぞくっときちまったよ。うん、あの色気はすげーよ。万が一があるかもしんないから、お前から気をつけた方がいいって兄貴に言っといたほうがいいぞ』
『あの……な、ヒュー』
『ん?』
『……あ、いや。えっと……兄さんすごく感激してて、また頼みたいって』

何だそんなことかと呆れる相手に、ははは…と乾いた笑いを返しながら、オレは胸の内で叫んだ。


(頼む! そのまま血迷え!!)


なけなしのゆーじょーと、乳飲み子の頃から魂に叩き込まれた鉄壁の年功序列おにーさま絶対主義ヒエラルキーの間で、ぎりぎりと胃を削り取られる洗濯板ばさみなブラックスミス君の愉快な日々は、まだ当分の間続きそうである……まる。





ミッドガルドは今日も(それなりに)平和です。










(終わり)

















************************
あぷろだでのあとがき↓


ふたたびましてこんにちは。
とてつもなくお久しぶりのあぷろださまにgkbrしております。
ちょっとでも楽しんでいただけた……かなぁ(どきどきどきどき)

今回、意図的に本編の雰囲気を変えてみました。
我ながら「無茶したな自分……」でした_| ̄|○
いやーもー、三人称にしたら笑えるくらいに進まないったら。
名前考えるだけでも1週間かかりましたともさ…苦手なんです_| ̄|○ il||li
反動とばかりに、おまけはかなり全開であほっぽさを炸裂させました。
楽しかった!(笑)

BS君がんばれ。
いいじゃないか、お前には貧相な胸の彼女がついている。

最後までお付き合いいただき本当にありがとうございましたー!


(しかし、白衣の色気を書きたかっただけなのに、どうしてこうなった)


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