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[SS-RO] ござるな話

ござるがござるといっていないけれどござるな話です。
言い切ってみるが勝ち。

果たしてこれをROと言っていいものかというのがそもそもの問題ですが。
まぁ、うん。
ROですよ。

いいじゃないかこんなのがあっても。


■昔語り


しん…と凍みる空気が音のない夜の闇に消えて行く。

視線を凝らし闇の中を見つめても、何も見るものなどない。
しいて言えば、部屋の中で番犬よろしく自分の足元に座している男の頭くらいが『見えるもの』であったが、あいにくと相手は面を伏しがちにしているもので表情をうかがうことはできない。
せいぜい、自国では珍しい、燃えるような緋色の髪を上から見下ろすくらいか。

「静かなものだな」

ぽつりと落とした声に、返事はない。
いつもならば野犬の遠吠えのひとつも聞こえてきそうな時間帯だというのに、今日はいたっておとなしい。

静かだ……そう、静か過ぎるのだ。
風もない凪いだ夜だというのに、虫の音がひとつとして響かない。

じりりと闇を焦がす蝋燭が作り出た淡い影は、不安定にゆらゆらと輪郭を崩している。
身じろぎひとつしない、妙に生真面目な同席者が声をかけるのもためらわれるくらいに張り詰めた空気の中。
優雅な仕草でゆるりと長い髪をかき上げた影の主は、蚊が鳴くほどの小さな息をついた。

不自然な静けさの理由を、自分はよく分かっている。
――知りすぎるほどに。

「……じきに、ときの声があがろう」

他に音がないからこそ、ようやく聞こえるくらいに落とした低い声音。
まんじりともせず気配のみで自分をうかがっていた相手が、はっと息をのむのが分かった。

「闇夜を戦火が染め上げることになろうな」
「――私が、姫をお守りいたします」

すっと上げられた瞳に浮かぶは射るような強い光。
一片の迷いもない声。
だからこそ……自分は惑う。

「……こことて例外ではない。前線より幾分遅れるであろうが、いずれは戦禍のるつぼとなろう……おびただしい血が流れよう、多くの命が費えよう……ひと一人行方知れずとなろうとて存分に勘定が見合うくらいにな――」
「姫……?」

訝しげに落ちたその声に、ふと口の端だけで笑みをかたどる。
相手の視線を真っ直ぐに捕らえ。
逃げよ、と瞳で告げる。
その先を……城に国に囚われた己が口に出すことは決して許されない。

「はて、異なことをおっしゃる。私は姫の臣下にすぎません。
 従者は道具でございましょう?
 道具は主の命に代えても主をお守りするもの、違いますか……?」
「城の者であったのならば、な……お主は違う」

ゆるゆると頭をふると、長く伸ばした自分の後ろ髪が首筋に触れた。

「お主はここに在るべき者ではない。
 姫は……浜辺で倒れておったお主を拾ったにすぎぬ。
 帰るべき場所がある者を、迂闊に手を伸ばしてしもうたは姫の落ち度だ」
「ではやはり私は姫のお側を離れるわけには参りません。
 何ひとつ恩返しをしていないというのに、姫は私に不忠義者と誹りを受けさせるおつもりですか」
「何をっ……馬鹿を言うでない! あの日から一体幾年の時を無為にしたと思うておる。
 ここは閉ざされた地だ、入るは易いが出るに難い……今しかできぬことなのだ」


 お主には帰る場所があるであろう?
 郷には待つべき人がいるであろう?
 お前は自国でも滅多にないほどの忠義で自分に仕えてくれた。


はるか海の向こうで『冒険者』なる仕事を糧としていたというこの男は、実践経験の乏しい城の者誰よりも、余所者でありながらも己の力量で一目を置かれるようになった。
その力を自分の身を守ることに費やしてくれていたというのは、義理堅く有難いことだとは思う。
しかし……もう、十分だ。

「川を下れば、秘密裏にではあるが大陸へ向かう舟もあると聞く。地図は必要ないな……」

確認のために続けた言葉尻で、なんとはなしに視線を下ろした瞬間。
相手の瞳と、正面から視線がぶつかり合う。
自分のいいたいことど分かっているだろうに。
「何をおっしゃっているのか分かりかねます」……と、あくまで淡々と言葉をつなげる相手の能面のような表情には、自分への非難がにじみ出ていた。

「今ならば国を出ようとて誰も気にはせぬ。恩に報いると言うのであらば、これ以上姫を困らせるでないぞ」
「僭越ながら、この城には拙者ほどに腕の立つ者はおりません。仮に私がお側を離れたとすれば、御身は誰が守るというのです」
「守る、か……」

不遜ともとれる男の言葉を何の感慨もなく小さく呟き返す。
確かに、目の前の闇装束の衣を纏うこの美丈夫ほどに、か弱き姫君を『守る』という言葉が似合う者もいない。
だが――自分はその枠から外れた存在なのだ。

「大事ない。姫にはな、此れがある」

着物の合わせにすっと手を差し入れ。
再び眼前に出した己の右手に握り締めたのは、一振りの懐剣。
――否、敵の手に落ちた時にのみ自決をせんとする剣にしては、いささか刀身が長すぎる。
軽く眉宇を寄せた相手の顔をみて、再び自分は口元だけで笑みをつくった。

「似合わぬか? たしなみ程度の剣術を習った気ばかりが強い女子の戯れと思うか?
 ……だがな、こやつは一番姫似合いの品なのだ」

抜き身ではないというのに、持っているだけで刃からすえた匂いが美酒のように鼻をくすぐる感覚。

「とうの昔に血に濡れておる。
 血の味を、甘美と思うほどに酔いしれておる。
 姫のこの手は、既に幾重もの血の怨嗟に穢れておるわ」

「守るほどの価値もない」……と。
感情を込めることなく。
淡々と言葉を紡いでいたはずの自分の声に、はじめて熱を帯びるのを感じていた。
凪いだ表情と裏腹に、胸の内に巣食う毒蛇が鎌首を持ち上げてぎらりと己の牙を光らせている。

「姫……束の間、ご無礼をお許しくださいますか?」

身じろぎもせず、じっと自分の言葉を聞いていた赤毛の男が真っ直ぐに自分を見上げてきた。
眼差しのなかにある強い光。
しばしの逡巡のあと、微かに頷き『許す』と唇の動きだけで告げた瞬間。
すっと、音もなく男が立ち上がった……かと思うと。
相手の手が、己の腕をつかみ。

「――っ!?」

何事かと問う間も与えられず。
気がつけば、細身の見かけよりも随分と鍛え上げられた固い相手の両腕の中に抱きしめられた。

強く。
強く。
強く。
あらん限りの力で、自分の背が軋みを上げるほどに。

呼吸すらままならない激しい抱擁の中で、浅い息を繰り返した自分は混乱のままに口を開く。

「姫は………姫はただの影にしか過ぎぬこと、お前はとうの昔に気づいていたのではないか……?」
「――知っている」

抱きしめられているはずなのに、縋りつかれているような奇妙な感覚。
狂おしい瞳で自分を見つめる男の顔は、臣下のそれではなかった。

「お前のその瞳は屈することを潔しとしない、猛々しく激しい魂の光がある。
 どんなに追い詰められようとも決して自分を貶めることのない、誇り高き戦士のものだ。……何人たりとも、お前の心を蹂躙するモノを――俺は許さない」

自分の右手にしかと握られたままの凶剣。
しかし、それを振るう気にはなれなかったのは……背に回されたその手から、告げられた言葉以上の想いが流れ込んできたせいなのか。
つい…と顎に手をかけられ、上向きになった己の唇に熱が落とされたせいなのか……。


長い長い口付けからようやく開放されて、ほうと息をつく。
節くれだった男の指が、自分の髪を愛しむように何度も梳いているのに気づき、なにやら妙に気恥ずかしくなって、ついと顔を背けた。
抗うことも忘れ男の腕の中に落ちるとはどうしたことかと自問しつつも、不思議と怒りは感じなかった。
この赤毛の異邦人は、自分の心を無遠慮に侵したというのに。

「……本当に妙なヤツだな、お主は。
 海の向こうには、主のような変人ばかりおるのか?
 姫は……男の身ぞ」

何をいまさらと、男が小さく笑った。

「自国では珍しいことでもないですがね、そんなことはどうだっていいんです。俺にとっての『姫』は、お前しかいない」

「その事実さえあればいい」と、自分の手をとり、額に当てて、うやうやしく額ずいて見せる。

「姫を守らせてくだいますね?」
「――ならぬ」

当然のように言ってきた男の言葉を、今度は自分が笑んで受け止める。
意を唱えようしたその唇を、自分の指を動かし、つ…とふさぐように止める。

「間違えるな、お主は姫を守るのではない。
 地を守り……この戦をともに蹴散らしてくれそう。
 お主以外に、姫はこの背を預ける気はないぞ?」
「なるほど」

得心がいったと。
不敵にも互いに笑って顔を見合わせたその時。


声が、聞こえた。



「――ゆくぞ」



身を離し、振り返ることなく足を踏み出す。
怖れることなど、何もない。

ふっと影が揺らぎ蝋燭の灯りがかき消える。



――闇が、朱色に燃えた。






[終]

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