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[SS-SW] 背中合わせの恋

背中合わせの距離 の、佳主馬視点。
健二←佳主馬

だけど

健二←←←←←佳主馬 くらいかも?

ぼくの書く佳主馬は13歳の頃が一番カッコいい気がします。
年をとるごとに変態になるってどうなんだ……。

■背中合わせの恋


――どうしろっていうんだよ。

音もなく呟いた言葉が、ひっそりと闇に吸われて消える。闇といっても、鼻をつままれても分からないくらいの暗闇というわけではない。深夜二時を回ったかという時間だから、夜がしんと深くなっているだけ。
足音を殺して廊下を進み、掃除はしたももののまだ埃っぽさが残る大広間を抜けると、ぽっかりと浮かぶ月光がすっと顔を落として縁側に立ち並ぶ紫陽花たちを照らしていた。自分のアバターが二足歩行の兎だから、月に誘われてきた……なんてね。

――何、それ。

メルヘンチックなお花畑的連想に、思わず顔を歪める。
なんだこれ、いつもの自分じゃない。
おかしい、わからない、わかりたくない、何も考えるな、いや考えなきゃ、でも何を……?
ぐるぐると頭の中を浮かびめぐる意味のない(と思いたい)単語の羅列に、ふるりと頭をふって、月明かりでほのかに明るい縁側に腰掛けて。自分が一番落ち着く姿勢――片足を立てた状態で、手近な柱に体重を預ける。ふっと視線を庭に投げると、母屋の遠くから灯りが微かにもれているのが視界に入った。
距離と角度からすると、もともとは叔父である侘助の部屋だろう(今はどうか知らないが)と見当をつけたが、事件の主要人物ともいえる(もっとも、世間的にいうなら主要とは一族全員をさす言葉なのだろうが)彼は、自ら出頭し今はこの家にいないはずだ。
つまり、明かりのついたその部屋にいるのは違う人間ということになる。

――まぁ、誰だっていいんだけど。

なんとなく想像はついていたけれど、それがどうしたと思う。ひとさまの人間関係のもつれなんかに思考回路の占有率を割く余裕はない。エラーコードを頻発する、自分の心の処理に手一杯なのだ。自分が求めるのは明確な勝利。貪欲なまでに勝ちにこだわるのは、そこに自分が自分である価値を見出しているから。
だけど――負けてしまった。
絶対に負けてはならない場面で、家族の命の危険の前に、自分は完全に叩きのめされた。
どんなにがんばったって届かないことはあるのだと、抗うことへの希望すらもうち砕かれて、もう何も出来ることはないのだと思い知らされたはずなのに。


 ――まだ、まけてないですって。


絶望と無力感の嵐に打ちのめされた自分の耳に届いた、信じられない言葉。瞬間的に湧き上がってきたのは、行き場のない怒りだった。
アンタなんかに何がわかる――っ!
所詮十三年程度しか世の中を知りえない自分がどう足掻いたところで、完璧になどなりえないと知っている。背伸びをしたところで悠然と年を重ねてきた大人たちには到底敵わないのだと。
がむしゃらに力ばかり求めていては強くなどなれないと分かっていた……だからがんばってがんばって、世界の長たる位置にまでたどり着いた『僕でさえ何も出来なかったのに』――!!!
憤る僕を、静かな声が撃ちぬいた。

 ――あきらめたら解けない。答えはでないままです。

どくん――息が、とまる。
視界が点滅して、眩暈がして、呼吸が、苦しくなる。
………コレハ、ダレ?
高校生で親戚のお姉さんの後輩で、ちょっと数字に強くて、うっかりOZのパスワードまで解いてしまって、成り行きで家までつれてこられて、状況に流されやすくて振り回されて言葉の端々が情けなくて……でも、戦うことをあきらめない、逸らすことを許されないくらい強い瞳を持っている人。
知らない。わからない。こんな人、僕は知らない――!

  知らない?
  うそだ。

だって、自分は。
はじめから、相手の一言一句、一挙手一投足を逃すまいと追っていたくせに――。




ふわりと背後で空気が動いた。
ひたひたと床板越しに伝わる微かな振動と足音。
背後の人の一瞬ためらうような気配に、ふっと唇の端が上がる。
こんな時間にこそ生息していそうなプログラム漬けの手癖の悪い叔父(といったって許されるだろう)は、今はいない。次いで秘蔵の酒でも携えて十年分を語り明かしてそうな(いびってるの間違いかな)一癖ある叔父は、主が逃亡したままの部屋にいることだろう。
無類の酒豪である祖父や叔父さんたちは、緊急事態に即対応な体なだけに、一度寝たらきっかり睡眠分は起きないし。世話好きで物怖じしない夏希姉なら、何より先に子どもは早く寝ろと声をかけてくるはずだ。
つまりのところ、こんな夜更けに自分との距離をうかがうように近づいてくる人間なんて、今この家に一人しかいやしないのだ。
視線だけを軽く上げると、月明かりに照らされた白い首元が何より先に目に入って、どきりとする。一瞬見入ってしまった自分を悟られないように、勝手にどうぞという意思表示に軽く頷いてみせた。
なんとなく互いに黙ったまま庭を見つめてる。
嫌な雰囲気ではなかったけれど、沈黙に耐えられなくなったのは自分の方。このままだと、出口を見つけられないままぐるぐると回ってこもってしまっている熱のままに、とんでもないことを口走ってしまいそうで。
そっと息をついて、当たり障りのない会話のために口を開いた。

「……健二さん、疲れてたんじゃないの」
「あ、うん……疲れてはいるんだけど……」
「興奮して眠れないとか?」
「えっと……うん、あたり。すごいね、見破られちゃった」

それだけではないはずだろうに。僕の言葉を壊さないように受け止めて、返してくれて。ああ、こういう気遣いができるのがこの人の優しさなんだって気がつかされるのが堪らない。勘弁してよって思う。
だから、「お兄さんって子どもみたいだね」とわざと余裕たっぷりに聞こえるように不敵に笑って応じた。

「佳主馬くんこそ、興奮してた……とか?」
「まぁ――そんなとこ」

興奮……ね。
どこまで分かっててそんなこと口にしてるの。
貴方のことを考えすぎて眠れませんでした……なんて、いまどき少女漫画でもお笑い草のベタすぎる展開だろう。

「すごい……一日だったね」
「色々あったから、眠れないのとか普通。でも師匠とか、もうイビキかいて寝てると思うけど」
「あ、それなんか分かるなぁ」

師匠にいいつけるよ……なんて憎まれ口の他愛のない会話を交わして、分かりやすい反応を返してくれる素直な彼の言葉に笑って。ひどいなぁ……なんてすっかり気を許して苦笑気味に笑んだ相手の隣を立ち。狼狽した彼の様子など気にせずに、とん……と相手の背中にゆっくりと体重をあずけた。

「佳主馬く……」
「健二さんさ」

名を呼んで、何事かと問いたげな相手の声を塞いだ。
悪いけど、今は貴方の言葉に答えられない。
そんな余裕なんてない。
気づかないで――緊張で声が掠れそうだなんて。
震えそうな声を必死で堪えているだなんて。

「……どうして、『負けてない』なんて言えたの?」

言ったの、じゃなくて、言えたのと問う自分。
なんて意地の悪い質問。
切羽詰ったあの状況で、誰もが最悪の事態を覚悟して、もう何も出来ないとギリギリの崖っぷちに追い詰められて、一族の誰もがもう打つ手はないとあきらめていたのに――押しつぶされて当然のあの場で、自分の言葉を口にすることができたのか。

――最初の印象のままに、言葉を詰まらせて、濁してくれればいい。

ねぇ、お願いだから。
夏希姉が彼の頬にキスした瞬間、真っ暗な感情が胸にこみ上げて吐きそうになった、だとか。月明かりの下で垣間見えた貴方の白い首筋が細くて綺麗で噛み付きそうになった、とか。
そんな衝動の全てが、非日常の連続と異常事態における精神的錯覚に過ぎないのだと、証明してよ。ただの一介の高校生で、四つ年上の兄のような人に(だって相手は自分のことなんてせいぜい弟か歳の離れた友人くらいにしか思っていない)すぎないって。
だって……今ならまだ………きっと………。
息を詰まらせる僕の背後で、すぅ……と、深く息を吸い込む気配がした。

――気がついたんだ。

と、静かに低く。でも強い意志が宿った音が僕を包みこむ。

「あきらめないことって、あきらめるよりもずっと簡単なんだって」
「……なに、それ」

反射的に返した自分の言葉が、ひどく乾いていることに、気がつく。



生来の負けず嫌いと他人と馴れ合うことのできない自分の頑なな態度が、集団生活での疎外という立場を導いてしまったのだということはまだ生々しく苦い記憶で。でも、輪の中から一人切り離されて許せなかったのは、自分を攻撃対象としていた相手ではない。どうしようもないのだと、閉じこもりその位置に甘んじている己自身だった。
自分ひとりの力で立てなくて、どうしてみんなを、家族を守ることができるというのか。
けれど、生きていた年数の知識しかない自分には、何をどうすればいいのかわからなかった……だから、道を教えてくれた師匠――祖父の万助には本当に感謝しているし、そもそも少林寺拳法を教えたらどうかとさりげなく進言してくれたという、曾祖母の栄大おばあさんは心から尊敬している。
 ――大丈夫、佳主馬は強い。お前さんはあきらめるのが一番嫌だってこと私は知ってるよ。
陣内家の男がどんなに強いのか、よーく知っているからね……と。慰めでもなく適当に言葉を濁すこともなく、だからお前は自分の力で家族を守らなくてはならないんだよ、と笑った曾祖母の言葉を忘れることなどできない。

「あきらめるのって、すごく簡単なようで、すごく辛いよね。ずっと心に痛みが残って、どうすればその苦しみから逃げられなくなるのかも分からなくって、動くことも声を出すことも考えることもできなくなっちゃって、全部かたまっちゃう」

背中から伝わるぬくもり。急くことはなく、ゆるりと落ちるその声が、僕の心を震わせる。
だから、なぜ、僕が、ずっと欲しかった言葉を。
僕がずっと支えにしてきた言葉を、この人は当たり前のように口にしてしまうのか……!

「数学オリンピックの時にね……ああ、僕それに出ていたんだけど。日本代表の最終戦の時に、もう少しでできる……数式が意識の中を流れて出口が見えるっていうその感覚を手にした瞬間に――ふっと、あれ、俺なんでこんなことしてるんだろって……思ったんだ」

僕は強くなりたかった。
どこまで強くなれるだろう。どうすればその強さを自分のものだと思えるようになるだろう……考えた結果が老若男女年齢地域を問わず力試しが出来る世界『OZ』の格闘技、マーシャルアーツだった。

「夢中だったからよく分からなくて。今だから言えるんだけど……多分僕が、生まれてはじめて、『守りたい』って強く願ったことなんじゃないかって思うんだ」

一番になること。
戦うのは自分のためだけど自分のためじゃない。
欲しかったものは、絶対的な強さを見せ付けることではなく、あるべき自分に近づいているのだという誇り。
そのために努力することは厭わなかった。
その心に負けないだけの力がほしかった。

「だから……気がつかせてくれたのは、佳主馬くんなんだよ」

びくり……と、体が強張る。
ぐらぐら……と、視界がゆれる。

――なんだよ、何なんだよ、それは……っ!

気になる存在であるってだけで。
気になるっていうのは、ちょっとした興味とか尊敬とかそんなものであるはずで。なのに、なんで、なんで、それ以外の感情があるって、気がつかせるんだよ。
ぐちゃぐちゃな自分の心が分からなくなって。
自分のことを自分自身すら見失って、立ち止まってしまいそうになっていたのに。混乱と困惑が迷走する中で、『自分』を見つけてくれて、本当の強さを教えてくれていただなんて――そんなの、心が魅せられるなって言う方が、無茶だ。
軽く、目を閉じて、背中の体温を全身で感じ取る。
どくんどくんと、体中が心臓になったみたいに鼓動が大きくなる。ぎゅうっと血が逆流してきて、つながった背中に熱が集まる。
ああ、だめだ、もう覚悟するしかない。

ぼくはこのひとにつかまった――。








クッ……と息を殺し、唇をかみ締める。
背中越しの相手に、自分のひどく歪んだ表情など見えているはずがなかったのだけれど……何かが、伝わってしまったのだろう。そろりと伸ばされた健二さんの手が、僕の指を包み込みようにそっと触れて、次の瞬間ぎゅっと握り締められた。
思ってもみなかった相手の行動に、思わずびくりと肩を震わせると、慌てたように「ごめん」と、微かな謝罪の声が聞こえた。
違う、そうじゃない、嫌だったわけではなくて。

「それ、違う」

離れてなんかほしくない、いきなりのことでちょっと思考がついていかなかっただけで、嬉しかったのだ。
どうしてこう、このひとに関してはうまく頭が働かないのか。離れかけた手を咄嗟につかみ返し、小さく息をつくと、

「……大丈夫だった? よかった……」

とほっとしたような声が落とされる。
精神とか忍耐とかといった部分に深刻な亀裂が入ったような、ある意味大丈夫じゃないけど大丈夫ですありがとう。というか、健二さんって、なんでこう僕の心臓に悪いことばかりしてくれるの。

「じゃあ、えっと。ありがとう」
「………」

ほんわりと嬉しそうな声とか、狙ってる?
ねぇ、ほんとは分かってやってる?
思わず穿った思考に走ったとしても仕方がないだろう。なにせ、次に投下された爆弾が、

「あのさ、僕、もっと知りたいんだけど……」

とか。

「……………はぃ?」

上ずった声しか出なかった自分を誰も責められないはずだ。
僕のことをですか? そうなんですか?
むしろ貴方のことを隅々まで知り尽くしたいですが、ええ明日といわず今すぐにでも、遠慮なんかしないでさぁさぁさぁさぁ!

「えっと、本当に近所でいいんだけど……佳主馬くん、明日案内してくれるかな?」

だめかな? …と尻すぼみになってしまった相手の声に、血迷ったパッションが一瞬にして低迷墜落飛行。ええ、分かってましたよ。どうせそんなことだろうとは思いましたとも。
鈍感純粋培養無駄な常識有するド天然相手に、察するなんていう高等技術を期待したって無理。確実に深度を増した夏希姉の恋慕すらただの好意としか思ってない無残な有様をみれば、その鈍感ぶりは徹底している。
いいじゃないか、上等だ。
陣内家には半端な男はいらないってね。負けるのを覚悟するのなんか、一度でたくさん。この先一生勝てない相手なんて、一人で十分。

「いいよ、付合ってあげる」

素っ気無い声で返した自分の顔は、本当は薄く笑んでいた。

――あきらめないことが、あきらめるよりもずっと簡単。

貴方が言った言葉だよ。
あきらめさせてもくれない、酷くて卑怯な人だよね。気がつかなかったことになんて、もう出来ない。
だから、貴方の傍にいるのは僕だから……と、声にはしない想いをこめて空いている側の手を、今度は自分から握り締める。まだ、知らなくていいから。今は、そのままでいいから。
けれど、絶対手に入れるまであきらめない――そんな自分の内なる決意など、少しも分かっていなかったはずなのに。

――ありがとう

と掠れ気味に届いた声に、月明かりに照らされたほわりとした微笑が眩暈するほど艶っぽいとか、もうどうしてくれようと。

「……それって、無意識なんだよね……」

がくりと脱力した瞬間に、ふわぁ…とあくびが出てしまった。あーもう、考えるだけ無駄ってこと? わかったよ、もういいよ。
覚悟して。

逃げられないなら――逃がさない。





「眠いの?」……と問いかける捕獲対象物の寝巻きの袖口をしっかりとつかんで、「部屋に帰るのめんどくさい」と掠れ気味に呟く。年の差結構、使える武器は有効に。
僕の声につられたのか、そうだね……と応じる健二さんの声もまどろみがかってきていたので、引きずるように寝室になっている客間に入り、二人で同じ布団にもぐりこんだ。
すぐに聞こえてきた寝息に小さく笑む。
キングカズマがはじめて背中を預けてもいいと思った相手なんだから、光栄に思いなよ? ――なんて。
絶対言ってやらないけどね。



今は、まだ。









end


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