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[SS-SW] 背中合わせの距離

あらわし直下直後くらい。
興奮さめやらぬ健二と佳主馬が、夜中に親密にお話しているようです。

……と書くと、なにか別の話のようだ。


■背中合わせの距離


ごろん、と寝返りを打った拍子に、上掛けのタオルケットがずり落ちた。

「………」

しん……と静まり返る夜の帳の中で、何度か浅いため息をついて、もう一度寝返り打つ。
もぞもぞと布団から手を伸ばしてパチンと未だ回線の復旧しない自分の携帯を開くと、液晶パネルは午前二時を示していた。
夜明けまではまだ遠い、いちばん夜の闇が濃い時間。
昔ながらの家屋というものは、風通しを考慮して造られているというけれど、本当にそうなんだなと実感する。クーラーも扇風機もない真夏の夜だというのに、蚊帳釣りの中はさらりと吹き抜ける夜気で案外涼しい。
だから、こんな夜更けに目が冴えてしまうのは、蒸し暑さによる寝苦しさのせいではない。
栄おばあさんのお葬式と誕生日会(自分たちにとってはこちらの方が重要だったわけだけれど)から、怒涛のように夜の宴会になだれ込んで。
『あらわし』直下の爆風に見事に揉まれた跡も生々しい大広間で、弔問客を差し置いて大騒ぎだなんて、赴いた方々にちょっと呆れられたりもしたみたいだけれど、みんなが笑顔でいるからきっと大おばあさんも許してくれていると思う。というか、涙に涙に暮れるくらいだったら、そっちの方がずっといいって笑ってくれていたんじゃないだろうか。
部外者である自分が栄おばあさんと共有できた時間なんて、親族であるみんなに比べればほんの僅かでしかなかった。けれど、誰よりもみんなを愛し人を愛し厳しくも暖かく導いてくれた人だと実感している。彼の人が笑って僕たちを見ているだなんて想像でしかないことだけれど、不思議とその鷹揚とした笑顔のビジョンが、台風一過のような屋敷跡にしっくりと馴染んだ。

 ――あきらめなさんな

OZの混乱が引き起こした非常事態の真っ只中、栄おばあさんの凛とした声が胸をついた。

 ――あきらめないことが肝心だよ。

自分が「引き起こしてしまったかもしれない」という可能性に怯えていた。何も「出来ないかもしれない」と立ち竦む心を、しっかりと手を繋いで引き上げてくれた。

 ――あんたならできるって。

ただ背中を押すだけではない。
大丈夫、一緒にいるから、と。
一人じゃない、だからなんだって出来るだろう、と。
……勝手だけれど、そんな風に励まされた気がして。
自分ができることをする。自分にしかできないことなのだから、絶対にあきらめない。そう、思ったきっかけは、彼女の残した言葉だった。
――けれど。
この家を目標にカウントダウンを刻むワールドクロックを前にした時は、もっと強く激しい意識が自分を支配していた。冷静に計算式を繰り返す自分とは違う意識野を侵す衝動。ラブマシーンが粉砕されて。パスワードを解除して原子時計へ偽補正値を叩き込み。


空白。
振動。
衝撃。


………守りたい守りたいまもりたいまもりたい――ただ、もう、夢中だった………。
みんなの心を結ぶこの家が、(ちょっと……いやかなり破損したけれど)無事で良かったと心から思う。
でも。全てが終わってみれば、やっぱり自分はひとり。
陣内家の人々が、心から自分を受け入れてくれているのは分かる。けれど、たとえ危機を一緒に乗り越えた仲間意識があるとしても(支えてくれた優しさがあるとしても)、それは好意に甘えているだけじゃないかという気がしてきてしまうのだ。
だから憧れの存在であった夏希先輩から、好意の証を受けたとしても、それは……それは……やわらかかったな……じゃなくてっ……あ、思い出したらまた……。

「……だめだ………」

体も意識も疲れ果てているのだから、横になっているだけでもいいというのは分かる。けれど、一度冴えてしまった意識は簡単にまどろんではくれない。
というか、頬に触れたリアルな唇の感触まで思い出してしまっては、正常な高校生男子として寝られるわけがない。
はぁ……とため息をついて、上体を起こす。
本当に、いろんなことが、ほんの三日ばかり、ほんの七二時間ばかり、ほんの4320分ばかりの間に目まぐるしい勢いで駆け抜けていった。やっぱり興奮しているのかな……って、当たり前ですよね。
自問自答しているあたりで最早おかしい。
起きよう。無理だ。




しんと静まり返る広間を抜け、床伝いにひたひたと小さな足音を立てながら縁側を歩く。
と、月明かりの下に小さな影が見えた。
縁側の柱にもたれかかり、片足を抱えるように座っている影。淡い光の中でも、少年らしいすっと伸びた細い手足がくっきりと浮かんで見える。
不思議だけれど、いまの自分が彼のそばに寄っても多分、驚くことも嫌がられることもないんじゃないかって思って。何も言わず近寄ると、彼は気配を感じ取ったのかすっと視線だけを上げて。どうぞ、と言わんばかりに小さく頷いたので、ありがたく隣に腰を下ろす。
互いに言葉を交わすことなく、何とはなしに黙って夜空を見上げていると、隣の人物がそっと息をついた。

「……健二さん、疲れてたんじゃないの」
「あ、うん……疲れてはいるんだけど……」
「興奮して眠れないとか?」
「えっと……うん、あたり。すごいね、見破られちゃった」

あやふやな僕の言葉に、にっと笑いながら、お兄さんって子どもみたいだね、なんてことを言ってくださる目の前のお方こそが紛れもなく子どもであるはずなのに、ちっともそんな印象を受けなくて不思議だ。
OZのマーシャルアーツの世界チャンピオンで、王者たるキングカズマを自在に操る人で、実業家の顔まで持ち合わせている、本当なら出会うはずもない遠い存在であったのに、奇妙なめぐり合わせで一緒に戦うことになった少年。淡々とした口調と自信に溢れた彼の態度は、時として不遜にも見えるけれど、彼の表情の下には少年らしい優しさがあることも知っている。
本当なら、子どもがこんな時間に起きてちゃ駄目なんじゃないかというべきなのだろうけれど、彼に対しては『当たり前のこと』が『普通じゃない』ような気がしてきて。

「佳主馬くんこそ、興奮してた……とか?」
「まぁ――そんなとこ」

返された言葉にはちっとも熱があるような声には聞こえなくて――むしろ、何故だか消え入りそうに聞こえたんだけど――そうなんだ、とだけ答えて僕は瞬きをする。
よく目を凝らすと、暗闇の中のどこか遠くでうっすらと明かりが漏れている。誰が寝泊りしている場所か分からないけれど(被害状況の関係で館内移住した人もいるらしい)、やっぱり同じように誰かが眠れない夜を過ごしているみたいだと気がついて、妙なくすぐったさを感じる。

「すごい……一日だったね」
「色々あったから、眠れないのとか普通。でも師匠とか、もうイビキかいて寝てると思うけど」
「あ、それなんか分かるなぁ」

絶対に力では適わないと知りつつも、ラブマシーンに苦戦する孫のために道を切り拓くことを躊躇わなかった人物。豪快で柔軟な思考を持ちつつ、どんと肝の据わった万助さんならばどんな嵐の海の中でも、しっかりと寝ていられそうだ。
そう思って、こくりと頷いたら、

「そう、じゃ師匠に明日言っとく」

なんて、真面目な声で返されて。

「え……いや、それはちょっと困ります」

慌てて取り繕ったら、ぷっと吹き出された。いやだってそれ焦るでしょう普通。貧弱とまではいかないけれど、軟弱の部類に入ることは自分が良く知っている。
「現実世界でもちゃんと鍛えてる佳主馬くんと違って、僕なんか簡単に投げ飛ばされちゃうな」
かなり情けない声で呟いてしまったのがツボにはまってしまったらしい。OZでならともかく、僕だって師匠にはまだ勝てないよ、と更に笑われて。すっと立ち上がる気配がしたので、そろそろ眠くなってきたのかな……なんて思っていたら。
とん……と背中に重みが降りてきた。

「佳主馬く……」
「健二さんさ」

どうしたの? ……と言い終わるより先にかぶせられた相手の硬い声に、言葉を封じられる。

「……どうして、『負けてない』なんて言えたの?」

どうしてあきらめなかったの?
負けたのに。
自分は、負けたと思ったのに――『負けたんだよ!』……と泣きながら叫んだ少年の、声にならない悲鳴がつきささる。


カウントダウン、点滅、落下、
パスワードウィンドウ、乱立、
エラー、妨害、解除、電子音


目まぐるしく移り変わるヴィジョンの海に、溺れそうになる。
僕は今、この答えから、逃げ出してはいけない。
次々と切り替わる映像に揺さぶられて、記憶の波に翻弄されて、眩暈に惑わされて消えそうになる言葉を、必死に探った。
すぅ……と、深く息を吸い込む。


――気がついたんだ。


何を言えば良いかと思うより先に、言葉が口からこぼれ出ていた。

「あきらめないことって、あきらめるよりもずっと簡単なんだって」
「……なに、それ」

きっかけは栄おばあさんの言葉だった。
あきらめなさんな――強くて厳しくて優しい言葉が耳の奥にこだまして、自分にできることをしようと踏み出す一歩を後押ししてくれた。
けれど、答えを探すことから逃げてはいけないと覚悟を決めたのは。生死の境目に在るというのに、みんなが頑張れと励ましてくれて、ずっと一緒にいてくれたから。
……いや、違う。そのもっと前。
みんなの存在が自分を支えてくれたというのは本当だけれど、その中でも一番決定的だったのは、この背にいる少年の持っていた真の強さなのだ。

「あきらめるのって、すごく簡単なようで、すごく辛いよね。ずっと心に痛みが残って、どうすればその苦しみから逃げられなくなるのかも分からなくって、動くことも声を出すことも考えることもできなくなっちゃって、全部かたまっちゃう」

ここに来る前の自分は、後悔ばかりを口にしていた。

「数学オリンピックの時にね……ああ、僕それに出ていたんだけど。日本代表の最終戦の時に、もう少しでできる……数式が意識の中を流れて出口が見えるっていうその感覚を手にした瞬間に――ふっと、あれ、俺なんでこんなことしてるんだろって……思ったんだ」

自分のため、それでいいはず。
数式を解くのが楽しかった、それでいいはず。
だけど、自分がこの場でやり遂げることの意味が――自分のためだけだとしたら、勝つことに意味があるのだろうか……と。何のためにがんばってるのかわからなくなってしまった一瞬の空白。
それですべてが終わっていた。
だから、代表になれていたかもしれない未来をあきらめて、自分の心に逃げ道を作った。もう少しでできたのに……と過ぎ去ったことを何度も言いながら、届かなかったあと少し、足りなかったそれが何なのか、自分は全くわかってなかったのだ。
なのに、圧倒的な敵の強さの前で、叩きのめされて。
それでもすがる様な母親の声に、全ての気力を振り絞って立ち上がって。勝てるわけがない、逃げて、と口にしながらも、その瞳の強さに息が止まりそうになった。
決して華奢なわけじゃないけれど、わずか十三歳の少年でしかない細い肩が震えて、精神もプライドもボロボロにされて、絞り出すような苦しい声で泣きながら口にした言葉が、

――ごめん……と。

母さんと妹を守れなかった……と。
自分の耳に届いた時に、そうか、と気がついた。気がつくことが出来た。僕には、戦うための『核』がなかったのだ……と。
負けたくない――守りたいから。
後悔したくない――どうすればいい?
簡単だ、あきらめなければいい。

「夢中だったからよく分からなくて。今だから言えるんだけど……多分僕が、生まれてはじめて、『守りたい』って強く願ったことなんじゃないかって思う」

あの時はただ、無くしたくないとか、なくっちゃだめだとか、そんな世界を救うなんて大それたことを考えていたわけじゃない。
守りたい――ただ、それだけ。
だけど、僕に一番必要だったこと。

「だから……気がつかせてくれたのは、佳主馬くんなんだよ」

びくり、と背中の気配が強張ったような気がした。
小さく息をのんだ音が、何故だか僕に耳には震えているように聞こえて。

 ――とめて。

崩れ落ちそうなか細い声で呟いた、夏希先輩の声が重なる。

 ――涙、とめて。

僕の背にあるはずの佳主馬くんの気配が、とても小さく感じられて、一瞬ためらったものの、えいとばかりに片手を伸ばして、彼の手をきゅっと握った。
無言のままびくりと肩口がはねる気配に、やっぱり嫌だったかな、と思い、慌てて小さく謝罪を口にする。

「……ごめん」
「それ、違う」

ひきかけた手をつかまれて。小さく吐き出された声には確かに拒絶めいた響きはなくて、ほっと安堵する。
せっかく近づけた気がするのに、嫌われてしまうのは寂しいから。

「……大丈夫だった? よかった……じゃあ、えっと。ありがとう」
「………」

今度の無言はなんとなく空気が優しい。
もしかして照れてるのかな? ……なんて背中の表情を想像したらなんだか佳主馬くんのことがとても可愛いなんて思えてしまって。この背の温かさを感じられる距離が、今だけなんてもったいないな、なんて気分になってきた。
たぶん今彼は、少しだけ弱っている。
負けたと思った自分を恥じている――自分の弱さをちゃんと見つめている……それは、強いってことの証なのに。きっと彼は、瞬く間に全てを凌駕する王者になるだろう。誰に決められた強さとか未来などではなく、自分で選んだ道を、自分の足で踏みしめられる強さを持っているのだから。
守ることの意味を知っている彼は、例えこの先で躓くことがあっても乗り越えられる。
――彼がそう、教えてくれたのだから。
僕が今思ったことをこの少年に言ったらどんな顔をするのだろう。
言ってみてもいいかな。
――佳主馬くんの強さを少しだけ僕に貸してください……なんてセリフは、やっぱりさすがに恥ずかしくて口にすることが出来ず。
かわりに出てきた言葉が、

「あのさ、僕、もっと(ここのこと)知りたいんだけど……」

だったとか。
どうにもピントが外れたことしかいえない自分は、やっぱり情けないのかもしれないけど。

「……………はぃ?」

佳主馬くんの声が、ノドに何かがつっかえたような、引きつったような響きだったので、慌てて言葉を続けた。
「えっと、本当に近所でいいんだけど……佳主馬くん、明日案内してくれるかな?」
だめかな? …尻すぼみになってしまった自分の声に、中学生なのに大人顔負けの行動力と判断力を持つ彼はしばらく押し黙った。仲良くなれた気がしたんだけど、やっぱり図々しかったかな……と胸のうちで反省しかけた時に、上等だ、なんて声がボソリと落ちて。
そして、ふぅ……という深いため息がのあとに。

「いいよ、付合ってあげる」

続けられた素っ気無い言葉が、素直に嬉しかったとか。自分に弟がいたらこんな感じだったのかな、なんて思ってしまったら楽しくなってしまったのだから仕方がない。
だけど、淡々とした口調にやっぱり本当は迷惑だったかな…とちょっと気が引けたけれど。自分が手をのせた反対側の手のひらを、彼の方からそっとつかんでくれたので。ここに、この家にいてもいいんだよって言われた気がして。
小さくて大きな戦友のやさしさに、

――ありがとう

ともう一度呟くと、「……それって、無意識なんだよね…」というよくわからないコメントと共に小さなあくびが返される。そういえば良い時間だ、夜も通り過ぎてまもなく空が白んでしまう。
部屋に帰るのもめんどくさいと呟く佳主馬くんに、そうだねと答えた僕の声も、こみ上げる眠気でかすれてきて。夢うつつになって二人で僕の寝床になっている客間にもどり、一つの布団に丸くなって眠った。

――翌日の、上田を観光し隊メンバーが、大所隊になったのはまた別の話。





「みんな水筒もったー?」
「おやつもあるー」
「はーい」
「ふぁーい」
「あい」
「……なんで夏希姉が主導権握ってるわけ?」





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