[SW] recipe2 しあわせのレシピ

「レシピ、召しませ」の二話目です。
あとひとつでおわり、なはず。

おわりっつっても、全部別個なんで続いてないのですが。





卒業したのなんてついこの間のことのはずなのに、久々の大学構内は妙によそよそしく感じられる……なんてセンチメンタルな男心なんてものを自分が持 ち合わせているはずもなく。
カバンを小脇にそここで群れる学生の間を縫って、足早に目的地の前にたどり着き。
「ちーす」
ノックもそこそこに、軽い挨拶めいた言葉を口にしながら、ほんの数ヶ月ばかり前まで通いなれていた専門学科棟にある講義室のドアを押し開ける。
受講時間中を狙ったはずだったが、四回生くらいともなると午後に取れる授業枠が少なくなっているのだろう。小さめの室内では『ヒマなのでゼミに来ました』 と顔に書いている女の子たちが二人ほど、椅子を向き合わせて賑やかに会話の花を咲かせていた。
「あ、佐久間さんだ」
「おひさしぶりでーっす」
「うぃす、ひさー」
何回か顔を合わせた事がある程度の後輩に適当に愛想良く声を返しながら、くるりと室内を見回してみるが……一番見慣れた顔が見当たらない。
はてさてどうしたものか、と目を細めたところで、狙い澄ませたかのようにガチャ…という音とともにドアノブが回り、研究室の奥へと続く扉が開いた。
「おやけーちゃん、ご無沙汰じゃないですか」
ドアの隙間からぴょこんと顔を出したのは、毛先がくるんと弧を描く柔らかい髪が印象的で、愛らしいという言葉がぴったりな女性である。ただし……、
「女史は相変わらず麗しくお綺麗で元気そうでゴザイマスネ」
「うふふふふ、当然のこと言われてもちゅーしかできないよー? けーちゃんは相変わらずあたし好みのふやけた顔をしていますね。ようやくママの年下DEウ ハウハ鑑賞専門ハーレムに返り咲く気になりましたぁ?」
——口を開けば残念すぎるとしか言いようがない言動の数々を披露してくださるのが問題だが。
「……慎ましさが裸足で逃げ出すセクハラ全開ぶりはちっと変わってないっすね。つっこみどころは多々ありますけども、とりあえず……誰がいつアナタさまの 子どもになりましたかね? とんと記憶にございませんが」
「悲しいことです。痛ましいことです。いまどきの後輩は巣立った直後に手取り足取り腰取りで手塩にかけて面倒見てあげた恩をすぐに忘れるのですから」
「絶望的ですね、いまどきの先輩は後輩の名前をすぐに忘れる。俺、女史のゼミに二年はいましたよね? 俺の名前は敬ですってば。た・か・し」
「けーちゃんはけーくんです」
「親が付けた名前を超法規で勝手に改名せんでください。つうか、最初に漢字を読み間違ったって素直に認めりゃいいじゃないですかぁ?」
「けーちゃん、あんまり我がまま言ちゃいけません」
「誰が我がまま言いましたか! って、まぁ。んなことイマサラ別にどーでもいいんですけど〜」
またやってる……と、遠巻きにしているゼミの後輩たちの忍び笑いをBGMに、俺は外見だけは無駄に可愛い部類に属する女性に向かってヒラヒラとおざなりに 手を振る。
変態に何を言っても無駄だと、濃ゆすぎる大学生活の間で嫌と言うほど思い知らされておりますので。これで調和解析学に関しては大学史上類を見ないほどのエ キスパートだと言うのだから本当に人は言動によらない。
一点に秀でた連中と言うのは、その分ほかの神経が緩みすぎているに違いないと確信する。何の因果か高校以来からの付き合いになる親友の真性数字馬鹿指数を 思い出し、はっと我にかえる。
——そうだよ、うっかりながされるとこだったが、俺はもう一人の変人に用があるのですよ。
「それよか……アイツどこですか?」
名前は出さずとも一瞬で理解されたらしい。
こっちだよーん…という気の抜ける声と共に示された指先をたどり、彼女が出てきたドアを覗き込むと。
「うっわ……」
前かがみになりながら机に向かい、椅子を中心に床に散らばる白い紙と、ピクリとも動かない薄い背中。
完全に数字の世界に逝ってますモードの相手の姿が目に入ってしまい、マジで勘弁してくれよな展開にがっくり肩を落としてしまった。
「……いつからアノ状態っすか?」
「あたしの完璧すぎる記憶から言わせてもらえば、六三〇〇秒前から地蔵化しましたですねぇ」
………秒にする意義がどこにあるのかと小一時間。
ざっと一時間半ほど前ってことは……逆算で時刻を割り出して。はあぁ…と深いため息を落とし、微動だにしない不動地蔵の背中に向かって胸のうちで毒づい た。
——健二てめぇ、明らかに俺との電話の直後からじゃんかよ!
「ケンくんって、ああなると長いですからねぇ。ま、腰落ち着けて茶でも淹れて?」
「……俺が淹れるんですか」
まぁ、正体不明の『茶葉のようなもの』を注入されるよりはよっぽどましなので(この人はほんとにやりかねない)、勝手知ったるなんとやらでサーバー棚の端 からふちの欠けた急須を取り出すと、見かねた後輩が「やりますよ」と申し出てくれたので、ありがたく頼むことにした。
「あ、ついでにあたしとケンちゃんの分もね〜」
「はーい、かしこまり」
当然のように注文をつける彼女の一言に、これまた軽い調子で受ける下級生の声が奇麗に重なり、かっくりと力が抜ける。
「……女史はほんっと健二がお気に入りですね……」
「うん、早々に院に残るとか可愛いことゆったからね。企業なんぞに引き篭もりを決めた薄情な誰かさんとは大違いなのさ」
「あのですね、就職飢餓のまっただなかで大企業に現役で入ったんだから、かわいい卒生の功績を少しぐらい評価してくださいよ。まぁ……バリ男畑の理系大学 で、こんだけ(好みの)女の子ばっかり集める女史の能力は確かにすごいと思いますけどね」
ゼミ長であり、とある企業の誘いを蹴って末は助教授として大学に残ることが約束されているとウワサされる、高性能な解析能力をどこに使ってんだと思わなく もないけれど。可愛い女子が山盛りいると聞いて、どこにしようかと決めあぐねていた親友の首ねっこを引きずって、ゼミを即決した自分がいたのでなんともい えない。
若かった、当時の自分。
そして優秀すぎた俺たち——入った後にとんでもなく高倍率の場所だと知ったのだ。たかだかゼミに入るにも基準値が馬鹿みたいに高かったと言うのも、研究室 卒の就職率百%という数字を知った今なら頷けるけれど。
「えー、あたしノンポリだよう。男の子も女の子も可愛い子を愛でてるだけだもん。ケンちゃんだって、残るんならあたしにちょーだいって教授を操作しといた だけだもん」
「超展開な爆撃発言をアッサリ口にしといて何ほざきますか」
げんなりと声を落とした俺に、すっとカップが差し出される。
「はい先輩、お茶どうぞ……でも女史の気持ちもなんか分かりますよ。小磯さんって、結構いい線いってるよね?」
ども、と受け取ったカップの湯気の向こうで、お茶をくれた彼女がくすりと笑んで。談笑していたもう一人の女の子に視線を投げると、「あ、やっぱり? 私も そう思ってたんだ」と笑う。
「さっきもそんなこと言ってたんだよね〜」
「口調とかね、いっつも優しいし。あんま覇気がないから、お人よしなだけかなとか思ってたんだけど、レポで追われててんぱってた時とか、資料揃えてくれた りとか、意外と力持ちで頼りがいとかけっこうあったりとか。お礼言ったら、はにかんだ顔とか超可愛かったりだとか!」
「わかるわかる〜」
ギャップ萌えだよね! と急激に盛り上がった女子トークのテンションに、俺はおぉっと目を見張る。
総じて、中学から高校にかけて女子は変わるが、男は高校から大学で劇的に化けるタイプがいる。
悪くはないけど、イマイチぱっとしない男の代名詞だったような俺たちは見事にその類に当てはまっていたらしく、「スイカと花火と女」だと騒いでいた自分の 言動が遠い日の線香花火と思えるくらいに、周囲の評価が変わった。
曰く、将来性を見越した時の恋人としての無難な条件クリア物件らしい……微妙な気もするが、好みのタイプの子との交流がある生活に文句があるわけもない。
特に、高校時代はどこか頼りない風貌だった体型や容姿だった自分の友達は、年齢なりに大人びてはきても面影はそっくりそのままで、決して女顔なわけではな いのに、どこか甘さのある人好きするような魅惑のハニーフェイスへと進化(?)していた。
良かったな親友、お前の全くあずかり知らぬところで好感度うなぎのぼりらしいぞ。
——無論、お付き合いしたい相手へのケアを忘れない自分は、それ以上にモテまくりなわけですけどね……負け惜しみじゃないんだから。
まぁ、惜しむらくは、天然と鈍感の見事なタッグマッチを展開する彼が、その美味しい事実に全くもって気がついていないだろうという点だが。
「だよねー。ケンちゃんってば昨年に続いて今年度一番の『買い』物件だもん」
負けじと参戦している女史に、「へー」なんて適当な相槌を返しながら。
「なんたって特典が美味しいっ!」と続けられた彼女言葉に、へ? と首を傾げる。なんとなく……なんとなーーーーく、その先の言葉を決して促したくない気 持ちで、一杯になる。
「は……はは……」
頭の中でわんわんと警鐘が鳴り響く。やめろ、聞くな、今なら間に合う。精神的な何かへのダメージ回避に、全力で取り組め自分。
引きつった笑みとともに、お茶をこくりと一口。なんとか話の矛先を変えようと口を開きかけた瞬間。
ドアの向こうから、軽いざわめきが聞こえた。
「健二さん、いる?」
耳触りの良い低音とともに現れた人物の顔を見た瞬間、危機回避の呪文詠唱は遅すぎたのだと悟った。
美人……もとい、美青年…いや、美丈夫が——もうなんでもいいか。とにかく、日本人離れした長身と、彫刻のような彫りの深さ、切れ長の瞳と褐色の肌が似合 いすぎる、どこのグラビア表紙が三次元化したんですかと言いたくなるような、常識を飛びぬけた迫力美形がそこにいて。
存在が冗談のような美人サマは、「あっちだよー」という女史の声に軽く会釈しつつも、当然のように部屋に入り、つかつかと俺の座っている机の横を通り過ぎ て研究室を覗き込こんだ。後姿にまで、どこかエキゾチックな色気まで醸し出しているとか、どんだけー。
じゅるり、と不可解な音が聞こえた気がして横目で隣の女史をうかがってみれば——そこにはくいっと口角がつり上がり、まさに獲物を狙う獣の顔があったとか そんな。

——特典って、コ レ カ ヨ 。

ヨダレ出さないでください。
舌なめずりとかしないソコ。
「失敬な、ツバを飲み込んだだけですよ!」
「せんせー、威張るとこそこじゃないですー」
まったくだよ。
女の子のナイスつっこみに心の中で拍手喝さいしつつ、俺は青年の向かった研究室のドアへと視線を向けた。
彼も目的相手の地蔵姿をみて、今は何も出来ないと観念したのだろう。心なしか落胆した表情で、くるりと踵を返した。
そうだよな、あれ見ると、何しても無駄だと思うよな。
「これ、もらっていい?」
長い指がすっと視線の横にのびて、冷めかかっていた湯のみにかかる。健二用に用意されたものだけれど、どうせ持っていったところで気がつきもしないだろ う。「池沢くん、どうぞ〜」というハートマークが出そうな女の子の声に、彼は一口お茶を飲み込んで。
ようやく一息ついたのか、ゆっくりと顔を上げた青年——池沢佳主馬と、軽く視線が合ったので、小さく片手をあげてみせた。
「よ、キング。久しぶり」
「……佐久間さん? なんでいるの、もう仕事干されたとか? 早いね」
——わかります、その反応。いま気がついたんですよね、俺のこと。まぁ、俺の存在なんて、アナタ様の中ではそんなもんなんですよね……。
「そー、入社早々にお仕事なくなっちゃってさぁ……って、んなわけないっての。優秀すぎるもんでね、これでも忙しい身の上なんですよ。キングと同じお相手 に用があって来たってのにアイツはああだし……ヒマすぎて、小磯健二に関する好感度の考察とかしてたトコだったりして」
「……へぇ」
無表情だった彼の瞳が、くるり、と瞬いた。
「なにそれ、面白そう。俺も聞きたい、大学内での健二さんってどんな感じなの」
「いい人タイプはお買い得だよねっていう話で……いやいや。てか、そんなのキングの方がよっぽど知ってるんじゃ? 同じ大学なってもう半年くらい経つわけ だし、うちんとこ広いっていっても、キャンパス分かれてるわけでもないし、しょっちゅう会えるでしょ」
俺の言葉に、まさか、と王様は不満そうに息をついた。
「入ったばっかの一年生なんて、午後まで枠が埋まってるに決まってるでしょ。そもそも学科が違うし、棟も離れてるし、ゼミだって来年なんなきゃ選択しよう がないし。講義終わったら俺も予定があるしさ……構内で顔を合わせる時間なんてほとんどないよ」
予定という言葉で濁してはいるが、たぶんそれはOZ内でのことなのだろう。
キングとは呼んでいるものの、さすがに目の前の彼がイコールOZで知らないものはいないと言うくらいの超有名人、キング・カズマその人だと言いふらしたり はしないし、自ら公言することもない。
とんでもない異常事態だったとはいえ、正体を告げられた時には、ガチで? と素で聞き返してしまったくらいの衝撃的事実だったのだ。
中学生の時分から大企業にスポンサードされるマーシャルアーツの世界チャンプの顔とプログラミング開発に関わる企業人の顔という、ぶっとんでる経歴の持ち 主は、その功績ゆえに背負わなければいけないやっかいな要素が付きまとっていた。
いわゆる有名税というシロモノ。
正体が分かれば、確実に実生活に影響を及ぼすし拘束される時間が今以上に増える。全国の『カズマ』くんが『キング』なんてあだ名を付けられるのは珍しくな いのだからと、キングの正体は永久に不明にしたのだ……と、直接本人から聞いたわけではないが、王者たる彼の一番身近にいる人物から(別にいちいち言わな くてもいいのに)知らされてはいたので。
「あーまぁ……時間がないってのは仕方ないってことで。アイツ、ここに基本引き篭もりだしな」
「それでも、近いから。別にいいけど」
そっけなく呟いた相手の声に含まれた真っ直ぐな感情に、小さな笑みを誘われる。
そりゃそうだろう。中学時代の名古屋↓↑東京間の距離や、高校時代の東京内でも寮生活だった時を思えば、端から端の移動と言えど、大学の敷地内など遠いな んて内に入らないはずだ。
——ふっと。
目の前の彼が大学合格結果が出たばかりの時の、親友の言葉が脳裏に浮かんだ。

  どうしよう、どうしたらいいかな。
いつも以上に目を細めて、俺を通り越してぼんやりと視線を投げて。同居することになったんだ、と。ブランチがてらに入ったファーストフードの店内で、驚愕 の内容をさらりと知らせてきやがった相手は、同じ口でぽつぽつと弱音を吐きはじめた。
気弱で愚痴っぽくてすぐに後ろ向きになるのが悪い癖なこの親友は、いつも変わりたいと願っているに、変わることを恐れていて。
臆病なくせに——思い切りが良すぎて。
ひとしきり、「本当に佳主馬くんにとって良かったのかな」…とかうじうじしていたもので、「なんだよ、それって後悔してるってことか」と水を向ければ。
「んー、決意表明かも」
なんて、晴れ晴れしたような顔で言い切りやがって。あほらし、とうの昔に覚悟決めてんじゃんかよ。
情けないのにどこかスッキリした笑顔が非常にムカついたので、
「ばーか、同居じゃなくって同棲だろうが」
ニヤリと口角を上げて言い放つ。
「え、ちょ…っ!?」
赤くて青いという器用な顔色になった相手に「まーがんばれよ」と言い置いて、俺は早々に店を立ち去った。
……俺の出る幕じゃないってね。
一人を怖がっている相手は、一人じゃなくなることをもっと恐れている。喪失の恐怖を知りすぎているから、一度手に入れたものに対して不安がつのるのを止め られないのだろう。二人暮しになってから、(本人たちからのいらない報告はともかく)あらためて心境を問いただすようなこともなかったが。
はてさて、お前らは今いったいどんなモンなんだろうな……と、複雑怪奇な親友の状況を考えていると。
カタン…と、何かが動くような、微かな音が耳に届いた。
「……佳主馬、くん……?」
あ、やっぱりそうだ……と、続いたそのふやけた声の主は。信じられないものを見てしまった驚愕で凍り付いていた俺たちの視線をものの見事にスルーしつつ、 ドアの向こうから気配もなくふらふらと這い出して。
「君の声が聞こえた気がして、気のせいかなって思ったけど……いつ来てたの?」
ちゃんと意識を持って会話してるとか。
——マジありえねぇ。
健二の不動地蔵モードを音声だけで解除って、キングさすがですキング。
「健二さんもういいの? ちょっと聞いときたいことがあって」
「わざわざ来てくれたんだ。君のとこってA棟の方だよね……遠かったでしょ。メールくれれば良かったのに」
「別に。最後のコマが演習棟だったし、後は帰るだけだったから直接会ったほうが早いかと思って」
なんてほのぼのと会話を続けてやがりますが、ちょっとお待ちなさいなそこのアナタ。邪魔しないでオーラ満載の、キングからの切り刻むような射殺すような白 い視線も(痛いけど怖いけど)何のその。
「豚切りサーセン。健二、お前な……まず何より先にこの俺に謝れ」
「あれ佐久間。いたの?」
「『いたの?』 ……じゃないでしょうが。お前に呼びされたんだっつーの!」
「あっ!……あーあー……うん、覚えてる。そうそう、佐久間を待ってたんだよ」
片手をあごに、視線はあさってに。うんうんと頷く姿は、まったくもって誠意が見受けられない。
「うわキタコレ。そのいかにも今思い出した風な返答、さすがに温和で穏便で平和の使者な佐久間さんもキレちゃいますよ。出来たから持ってくって、ついさっ き今しがた二時間前の電話で言ったでしょーが」
ついでに、早くよことせっついたのはオマエだろうがよ。プロテクトかけたいからメモリで欲しいとか、時間制約の厳しい社会人に無茶苦茶いいやがって。
「えーと、さ。頼んだプログラムがないと、今やってるのが先に進めなくて……だから別の式を組み立ててみようとか思ったら、展開より分解の方が楽しくなっ てきちゃって、だんだん思考が脇にそれちゃったんだよね。ごめんごめん——で、佳主馬くん、どうしたの?」
ちょwww をまっwwwwww
ここまでしても俺の存在ガン無視かよっ?
なにその扱い、ひどくね? ありえなくねっ!?
「これだけ聞いとくの忘れてて。バターってなに買えばいいの?」
「ああ……えっと、ちょっとまって」
なんか、無性にこの場にそぐわない単語が出てきた気がするのは俺の空耳アワーか。
思案するように口を結んで空いた椅子に腰掛けた彼は、膝の上で両手をぎゅっと握り締めた。真剣に考え事をするときのヤツの癖なんだよな、なんて思いながら つと横目でOMCチャンプをうかがうと。
——なんだよ。心配とか、全然する必要ないじゃん。
同じように彼の視線の先は健二の指先に注がれていて。冷たいとさえ思われがちな鋭利な目元が、無意識なんだろうけれど(そこがまたなんつーか迫力なんだけ ど)優しげにゆるんでいる。
「えっと確かあの時あったのは……そうだ。カルピスバターかな。なければ四葉でも。あ、無塩だよ」
わかった、と頷いて。ここのスーパーなら絶対あるからと健二が走り書きしたメモを受け取り、唖然と見守る俺たちを尻目に、迫力美人の王様は来た時同様、颯 爽と部屋を出て行ってしまった。
「……そこの健二さん、今のどういうこと?」
俺の疑問は、その場にいた全員一致の意見だったに違いない。自分同様、前のめりで身を乗り出していた女の子の一人が、ぽつりと呟いた。
「もしかして……お菓子とか、作ちゃったりとか、するんですか?」
「あ、うん。佳主馬くんって、結構甘いもの好きなんだよ」
「へぇ、意外。池沢くんは辛党っぽく見えるのに。小磯さんは好きそうですけど〜」
「ところが、僕の方が甘いのちょっと苦手なんだ」
「えー、ますます意外ですね。じゃあ先輩は苦手なのに作ってあげるんですか」
おお、恐れを知らない勇者よ。
決して彼らの特殊事情を知っているわけではないだろうに、何事もなかったかのように会話を続けられる女の子って本気ですごいと思う。世の中には不思議なこ となどないのだよ明智くん。(誰)
一番深い部分には触れることをしない、絶妙女子トークに舌を巻く。
「あ、ううん、そうじゃなくって。僕も料理するけど、なんか大雑把なものしかできなくって。佳主馬くんの方がそういうのマメなんだけど……全般的に器用な んだよね……」
何かを思い出したのか、ふっと微笑んで。
「あまり甘くしないから食べなよって言ってくれて、試しで食べてみたら本当に食べやすくってね」
チョコチップのクッキーだったんだけど、と言葉を付け足して。
「すごく美味しかったっていったら、また作ってくれるって言ってたんだけど——作るのはいいんだけど、佳主馬くんは材料とかそういうの無頓着らしくって。 同じの作りたいから家にあったやつの種類教えてって聞かれてたの、すっかり忘れてたんだよね……って」
あれ? どうかした? と。各々無言で顔を逸らせた周囲の様子にようやく気がついた彼が、きょとんとした顔で首を傾げた。
——いや、その。どうかしたも何も……この空気を常考。
思わずといった体で手のひらで口を覆い、うつむいている女の子たちは、たぶん真の意味では気づいていないと思うけれど……というか、察してあげないで欲し い、いろんな意味で。
なんとなくな雰囲気にあてられているだけだと思いたい……いや、そう思わせて。
つか、どうして当事者がわかんないかなぁ。
この無駄な天然ボケハイクオリティめ。
——お前、全力全開でノロケてるって言う自覚、ホンキでないわけ?

「え? えぇ?? ええええええーーーっ!?」

馬鹿につける薬はない。
ついでに馬に蹴られるつもりも毛頭ない。
「ケンくん、今日はもう帰りなよー」
「え、でも……」
「だってケンちゃんやってる展開式って、あたしの分だもん。もー充分だよう」
そうだったんデスカ。
「きれーな波が見えてるから、もうだいじょうぶだよ。一緒にお買い物した方が楽しいよ〜?」
絶妙なタイミングで帰りをうながす女史が、ヒミツの男男関係など絶対知ってるわけはないのだが。この人に関しては存在自体が超越しているので気にしないこ とにしよう。「あ、やばい、次の演習はじまっちゃう!」……と女の子たちがサヨナラの挨拶もそこそこに講義室を飛び出して。
どうしたらいいのか途方にくれてますと顔に書いている相手に、
「とりあえず、展開すれば?」
データ入りのUSBメモリを渡すと、はっと我に返ったのか「そうだね」と頷き、奥のパソコンへ向かう。
「あ、佐久間。パスコードは?」
ドアの向こうから聞こえてきた声に、俺はくっと口の端をつり上げる。
——これでわかんなくても、ぜってー教えてやんねーからな。

「お前にとって一番孤独じゃない数字」

決して大きくはない声だったか、相手には確実に届いたはず。
ほんの少しばかり、しん……と沈黙が落ちて。
ぱちぱち、とキータッチの音が聞こえて。
ほどなくして、ゆっくりと近づいてきた足音の主に、俺はにっと笑いかけた。
「いいパスだったろ?」
手を伸ばし、彼の手のひらで握り締められた用済みのメモリを受けとる。
「………佐久間……うん、ありがと」
「おう。そう思うなら二年後にきっちり体で返しやがれ」
「なんかその言い方って、オジサンくさいよ?」
「うっさい、こっちはお前の分の席を確保して待ってやってるんだっつの。文句言うならもう金輪際頼みなんて聞いてやんねーよ」
「あ。ごめん、冗談だよ、佐久間さまいつも頼りにしてます」
でも先のことはまだわかんないよ、なんてうそぶいて。あはは、と笑い出した相手の肩をこのやろうとコブシで軽くたたいて。
変わらない位置にいる相手の姿が本当に楽しそうに見えて……ああ、と思う。
——ああ、なんだ。ちゃんと、ふつーに、当たり前の時間っての、過ごしてるんじゃないか。
高校時代の大事件から、あれやこれやとなんかだかたくさんあって、世界も世界観もひっくり返るような大小こまごまイロイロ全部ひっくるめて。
なんていうか、とことん幸せになっちまえ馬鹿やろう、と。背中を思いっきり蹴り飛ばしたい気持ちに襲われる。
「あーも。リア充はとっとと帰っちまえっての」
「なんだよそれ」
「ケンちゃん、またあしたねぇ」
「あ、はい。じゃお先します」
しっしっと追い払いように手を振る俺を訝しげに見つつ、少しばかり浮かれて見える足取りの後姿を見送った。
——ほんっと、いつまでたっても世話の焼けるヤツだよ。
「あ、けーくん、ケンちゃんの分やってってね」
「はいはい………って、あんたらホントに人使い荒いよなぁ」
「さっきの子のメアドあるよー」
「ふっ、そんな餌に……」
「スリーサイズもー」
「つられクマー。やります。やらせていただきます女王様」
「よしよし可愛い子には褒美をつかわそう。……あれ、そーいやけーちゃん、お仕事はぁ?」
「それ、イマサラ聞いちゃいます?」
開きっぱなしの画面を覗き込んで、スリープモード解除。軽口をたたきつつ、華麗なタイピングを披露しつつ。
俺は、プログラムにかけたコードキーを打ち込んだ。




パスコードは、アイツが一人じゃなくなった日。










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