[SW] recipe1 はじまりのレシピ

ほわりと湯気のたつティーポットを左手に。
空いた片手をカップボードに伸ばし、いつもの位置にあるマグカップを二つ、手探りで取り出す。
やや丸みを帯びたマグを並べてカウンターに置いて、ポットの中で充分に葉の開いた紅茶を上からゆっくり注いだ……ところで。

あれ、と思った。

赤いラインの入ったカップと、黄色のラインが入ったカップ。我が家の食器棚中で対のように鎮座していたそれらは、同時期に買ったものではない。
もともと黄色の方を自分が使っていたのだけれど、頻繁に遊びに来るようになった『特別なお客人』のために買い足したものなのだ。

——あ……客、じゃあない……かな。

家に訪ねてくる相手なのだから『客』だなんて思ってしまったが、胸の内とはいえ考えていたことがうっかりバレたら、「他人行儀すぎ」とか言って拗ねてしま うかもしれない。
出会った時はまだ中学生の少年だったのに、高校生になって身長もぐんぐん伸びて、すっかり大人になってしまった相手の淡々とした口調まで浮かんでしまい、 くすりと笑む。
いつも冷静沈着で威圧感たっぷりで、どっちが年上か分からなくなるくらいに大人びている相手だけれど、たまに見せてくれる子どもっぽさが、自分は好きなん だなと思う。
それはきっと、僕に対して心を開いているのだという……態度で示してくれる、彼の優しさだと分かっているから。
——なんか、不思議だよね。
同じメーカではないし、最初から揃いで購入したわけではないのに、もともと対であったかのように並べても全く違和感がない。
……そう、不自然なところがない。まったく当たり前だと思ってしまってマグカップを手にしている、自分自身の心持ちが不思議なのだと気がついたのだ。
出会った時は見知らぬ少年で、真夏の日差しのもとでは意志を共にした戦友で。夏を越した時には、かけがえのない年下の友達になって。
苦さや甘さがごちゃまぜになったような、少なくない時間を過ごしたあとには——誰よりも自分の中の大切な位置にいる、彼。
恋人なのだ、と。
……言い切るには、いろいろと、まだ少し、抵抗があったりするのだけれど。
——だけど。
なにも違和感なく、並び揃うマグカップ。
一人でいることが自分の日常だったはずなのに、ふたりでいるということに慣れてしまっている。
こんなにも自分は当たり前のように、彼の存在を受け入れている。どんな時も自然に、彼は自分の存在を受け入れて入れてくれている。
なんてことはない、普段どおりの日常の合間に落ちている『当然のこと』。

——ああ、こういうことなのかも。

温かいカップを手に僕はリビングに戻ると、彼は僕の家での定位置であるソファを背もたれにしてノートパソコンに向かっていた。

「……ねぇ、佳主馬くん」

そっとかけた僕の声に、なに、と僕を見る彼。
少しばかり訝しげに、でもやわらかく笑んだ相手の顔が、やっぱり当たり前のように僕の日常にとけこんでいりのだと確信する。
そんな些細なことに気づけたことがなんだかとても嬉しくなって、カップを受け取りながら不思議そうに僕を見ている相手に向かって微笑んだ。

「君が大学に合格したら、一緒に住もうか」
「————は?」

続けた僕の言葉に、彼の目が大きく見開いた。
ぽかん、と口を上げて凝視する視線に、ようやく自分が突拍子のないことを口にしていたのだと気がついた。
一緒にいるの当たり前の事のように思えたから、一緒にいたいな……とか思ったのだけれど——自分の中ではとても自然な流れだったのだけれど、そういや全く 全然何にも脈絡がない。

「あ、えっと、ごめん! 別に強制とかじゃなくって、ええといきなり何言ってるのかって話だよね——」
「絶対、だから」

慌てて言葉を足した僕の声を、突き刺すような鋭い視線が封じる。

——え?

「やっぱりダメとか、早すぎるとか言わせない。自分から口にしたんだから、責任とりなよね。約束だよ、健二さん」
「あ……うん…はい……あれ?」

瞬きを繰り返す僕の瞳を、彼の強い視線が捕らえて離さない。
なんだか迫力に押されてコクコク頷いたものの、あれ、それでよかったんだっけ? …とこっそり首を捻ってしまう。

「——結果発表一番早いトコって、どこだったかな——」
「え、ちょっと佳主馬くん! そんなことで進学先とか決めちゃだめだよ!?」
「冗談だけど?」
「……そうは見えないんだけど」
「へぇ。健二さん、成長したね。俺のことよく分かってるじゃない」
「おかげ様で……っていうか佳主馬くん。それ、褒めてないよ?」

口をへの字に結んだら、ぷっと吹き出された。
「絶対受かる」と、自信たっぷりに口の端を上げてみせる相手に、「うん、そうだろうね」と真面目くさって返して。

「じゃ、ちょっと早いけど……」

マグカップを持ち上げて、軽くカップのふちを合わせてコツンと鳴らして。


——祝杯だね。


目が合った瞬間。
どちらからともなく、笑い出した。















end

comment

管理者にだけ表示を許可する

10 | 2017/11 | 12
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
New
Category
Archive
Link