[SW] シミュレーション 3

——やっぱり、まつげ長いなぁ……。

ふっと目が覚めた瞬間。視界に飛び込んできた光景に、最初に浮かんできたのはそんなこと。
自分の隣でぐっすりと眠りこけている彼は、褐色の肌と掘りの深い鼻筋に切れ長の瞳の持ち主で。細身なのに引き締まった筋肉と日本人離れした長身とが相まっ て、道端ですれ違った人がはっとする程の端正な美貌になっている。自分にはもったいないくらいにカッコいい。というか、絶対に分不相応だと断言できる。
中学生の頃はその少年期独特の線の細さからか、どことなく中性的な魅力があったのだけれど、すっかり青年となった今では顔つきも体つきも精悍さを増して、 よりエキゾチックな雰囲気を醸し出してたりして。
年頃の女性なら放っておかないだろうという独特の色気を放っていて、実際道を歩いてるだけで、モデルのスカウトは後をたたないらしい。そのことごとくを、 彼は「面倒」の一言で切り捨ててしまう。
もったいないなと思うけれど、思う存分彼を見ていられるのが自分だけだと思うと、少しだけ嬉しいなと感じてしまうのも事実だったりするもので。
小さな独占欲で相手の世界を縛っているようで、すごく申し訳ないような気分になるのだけれど、そう口にするたびに、なぜか「自分の価値が分かってない」と 不機嫌になってしまう。挙句、何度言っても分かってくれないと、世界の終わりかのように大げさに嘆くのだ。
——そんなの、理解しろって方が無茶だよ。
自分は、ほんの少し人より数字に強いくらいの、ごく普通の人間で。むしろ性格は人さまよりも後ろ向きで内向的で、いまひとつ覇気がないといわれる類いの人 種だと理解している。
……まぁ……ちょっと、世間には大っぴらに言えないような大事件の当事者だったことは過去にあったりするけれど、それだってこの目の前の人物にくらべれば 些細なことだと思う。
OZマーシャルアーツの歴代チャンプで、青年実業家。出会った当初は中学生だったというのに、その頃から自分で培ってきた実力は確かなもので、名実ともに 人気の頂点にいるような人から「貴方のほうがすごい」なんて言われても実感の湧きようがない。
出会ったあの夏が特別だったのだ。世界の命運を自分の背に感じていたあの日、僕は自分だって信じられないくらいの行動力を発揮していた。そう、どうしてそ んな事が出来たのか、自分自身だって理解してやいないのだ。
だた、通り過ぎた時間には結果がちゃんとあって、あの一連の出来事が強烈すぎて、彼は『僕』が特別な存在なんだと錯覚しているだけなんだろう……ずっとそ う思ってきた。
布団の中で小さく身をよじってみたけれど、彼は全く起きる気配がない。そっと上半身を起こして、今度は覆いかぶさるように相手の顔を覗き込んでみる。
昔は自分の方が背が高かったというのに、あれよあれよという間にこされてしまう。頭一つ分ほどに差が開いてしまった今となっては、こうして相手が寝ている ときくらいしか見下ろすが出来なくなってしまった。
——本当に、大きくなっちゃったんだな。
さらりと艶やかな黒い前髪をすくと、ふせたまぶたの下側にくっきりと疲労の跡がうかがえて、軽く眉をひそめる。
家の中にいたとはいえ、一日のほとんどをモニターに向かいっぱなしで仕事をしているのだから、体に良いわけがない。
数字を前にすると我を忘れてしまう自分にも同じことがいえるのだから、たとえ「鍛えているから平気」だと言われても、鵜呑みにできるわけがない。体に蓄積 されたストレスは、相手のこの眠りの深さからすると誤魔化しようがないのだ。
「あんまり無茶しないでよ」
なんて口の中で消えるような声で呟いてみたけれど、多分きっと「そんなことしてない」と言い返されるんだろうなと想像できて苦い笑みをこぼしてしまう。彼 の中では本当に無理なことではないのだ。彼は、決して泣き言を口にしない。「負けた」と彼が自ら口にしたのは、あの夏の時だけだ。
口惜しさに涙を流しながら、それでもまっすぐな強い意志を持つ瞳で、未来を見据えようとする。
全てを背負おうとして、その圧し掛かる責任の重さに一度はひざをついてしまったけれど、彼は、守ろうとした人々に支えられて、ちゃんと自分の足で立ち上 がった。
少年の、しなやかなその強さが、とても嬉しく感じられて、すごく眩しかった。
——まさか、こんなことになるとは思っても見なかったけれど、ね。
年下の友人で、本当の弟のようだと思っていた相手に告白されて、押されて押されて押されまくって……気がつけばすっかり流されていて。自分なりにちゃんと 考えた末に選んだ道だったけれど、本当にこれでよかったのかなと自問する日々が続いたりもした。
時を重ねて、互いの関係が対等になって、一緒にいることが当たり前になって。頼ることを覚えた自分が、すっかり大人になった彼に対して抱くのはおかしいの かも知れないけれど。
それでもやっぱり、僕の彼に対する気持ちの基準は、初めて出会ったあのときの彼で。僕は、今の彼を通して、中学生であった彼を見続けている。だから僕は、 ふとした相手の仕草に変わらない『四歳下の少年』を見つけると、ほっとするのだろう。
人の生き方に介入したと思ってしまうのは、とても傲慢な考えなのかもしれない。でも、少なくとも、彼が子どもでいられるべき時間を奪ってしまったのは、自 分なのだと理解しているから。
彼が僕に向かって口にする他愛のないわがままに「可愛い」と言うと、決まって「卑怯だ」と拗ねてしまう。年の差は絶対に埋まらないのだから、ずっと子ども 扱いされているようでつまらないと。そうかもしれない。僕は、とても自分勝手で、身勝手で、ずるいこと承知で、年の差だけを利用して優位に立とうとしてい る。
……けれど、彼は、四歳差なんて現実を更に飛び越えて。僕の中から『僕』を見つけ出してくれた。
一人になることを恐れているくせに、寂しさを口に出すことができなかった臆病な子ども。そもそも、ソレが悲しいのだと気づくことさえできなかった悲しい子 どもを、僕の中から見つけて、手を伸ばしてくれたのだ。
「……僕は、君が思っているよりも、もっと強く、ずっと深く。君に支えられているんだよ」
情けない自分を含めて、ここにいていいんだよと肯定してくれた。一緒にいるからと、決してひとりにしないからと誓って、ずっと傍にいてくれた。君という存 在に、僕はどんなに救われてきたことだろう。

  ——あんたならできる。

闊達な笑顔とその行動で、どうしようもない危機に陥っていたみんなを勇気付けてくれた、栄おばぁちゃんの言葉がよみがえる。
結局、栄おばぁちゃんから「幸せにすること」を託されたはずの彼女——夏希さんは、自分の足で自らの幸せを掴みに軽やかにこの地を飛び立った。
きらめく黒髪をなびかせて、出国ゲートから腕が千切れそうなほど大きく手をふった彼女がとても眩しくて、陽を受けて輝いた銀の翼を、タラップから目を細め て見送ったことを覚えている。

  ——健二くんも、ちゃんと幸せになること!

なってね、ではなく「なること」と。強制めいた言葉で朗らかに言い切った笑顔が、とても彼女らしいと思う。
一時期でも恋人として付き合っていた彼女とは、互いに納得して別れた。お互いにちゃんと幸せになるという約束をして。 
もし、おばぁちゃんが今も生きていたとしたら、僕たちの関係を果たして祝福してくれただろうか——考えても仕方がないと分かってはいるけれど、どうしても 老女の強い眼差しが忘れられない。
 
  ——幸せにする自信はあるかい?

同じ言葉を、今の自分が言われたとしたらどうだろう。
僕はなんて答えるのだろう。胸を張って、もちろんです、なんて口にできるだろうか……いや、多分きっと抱く思いは同じ。何年経とうが、相変わらず僕は自分 に自信なんて持てない。
手を伸ばせば届くことでも躊躇して、ああすればよかった、こうすればよかったと後悔が波のように押し寄せてきて、重圧につぶれてしまいそうになるのだろ う。
……でも。

 ——あきらめたくは、ない。

これが唯一、自分の中で変わったと言えること。
いつも迷ってばかりで、本当にこれでいいのかと自分の中でぐるぐる悩み続けて立ち止まることは多いけれど、今の僕は一人じゃない。足を止めても、先に行こ うと背を押してくれる人たちがいる。
一緒に行こうと、隣を歩いてくれる優しい人がいる。
「やってみます」ではなく、「やらせて欲しい」という願いを、口に乗せることだろう。
「ずいぶんと欲張りになっちゃったってことかな」
見栄も外聞も関係ない。
小磯健二という、気弱で頼りなくて意地っ張りなそのままの自分を受け入れてくれる人がいる。それだけで、ほんの少し自分は強くなれる。
いや、ならなくてはいけない。

   ——あんたならできる

「…………はい」

   ——あんたにしかできないことなんだ。

「……はい」

   ——あの子をよろしく頼むよ。

「はい」

彼女だって、さすがにまさか男が男を好きになるだなんて思っても見ないだろうし、怒られるというかあきれられると言うか、とにかくかなり苛烈な叱責を受け ただろうなとは想像できる。けれど、真剣に考えて答えを出したことに対して、あり得ないと笑ったり否定したりはしないと確信もできる。
家族を大切にするってことは、自分も大切にすること。みんなを守るってことは、自分も守るってこと。『励ます』のは、きっと、自分らしくあろうとする心を 奮い立たせるためで、無理や無茶をさせるためではない。もっとずっとシンプルで大切なこと。
大切な人を、好きな人を、守れる自分で在りたいと願い続ける強さを持つこと。
「——僕を守ってくれてありがとう。だから……俺にも君を守らせて……ね」
眠り続ける彼の口元が、小さく笑んだ気がした。




——まぁ。
まさか、手早く会議を終えて家に帰ってきたら、あんなどうしようもない出来事になってるとは思っても見なかったわけだけれど。

「佳主馬くんて、ほんと馬鹿」

蔑みまで混じってしまいそうなほど白い視線で吐いた言葉は僕の本心。心の奥底から、仕方ないなと思ったんだからしょうがない。
それでもきっと、彼の隣というこの位置は、ずっとずっと変わらないんだろうなと確信してしまう自分も、相当バカなんだろうなと思う。
二度目の追撃で完全に沈没した相手を手当てしながら、早く良くなりなよ、なんてため息混じりに本当の願いを口にする。
君にはずっと、側にいてもらわなきゃ困るんだから。











end






……うん、佳主馬、すまん。

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