[SS-SW] きみのとなり

りばっぷるな未来編です。
けんかず要素が強いです。
R15です、お気をつけて。

糖分過多どころか
角砂糖蜂蜜シロップ和え汁粉仕立てになっております、虫歯注意。


今回こそはいえる。
胸を張って、15禁なのだと……!
(疲れてると脳内がエロモードになるですよ)


■きみのとなり


ふるりと肩をふるわせ、薄闇の中で目をあけた。

(あれ……?)

めずらしい、と。まだ夢とうつつとの境目にいる自分が、醒めきらない眠りの膜の向こうでぼんやりと思う。
夜中に目を覚ますのは珍しいことではない。
冷え性といわれれば見も蓋もないが、自分は人よりも体温がかなり低いらしく、寒さにはめっぽう弱い。
秋から冬と、気温がぐんとさがる頃にになると眠りが浅くなるのはいつものことで、大概はひやりとした夜気にさらされてのことだった。
毛布に包まり羽根布団にもぐりこんでいるのに、無意識に手足や指先をもぞりとこすり合わせてしまい、自分の行動によってゆるやかな眠りの世界がすうっと泡のようにほどけてしまうのだ。
けれど今は違う。
確かに上掛けからはみでた肩の辺りは少しひんやりしているけれど、どちらかと言えばふわりと包み込まれる暖かさが心地よすぎて、ふわりと目が覚めたという感じなのだ。
毛布とか枕とかタオルケットとか、そういったファブリックな類の感触ではない。
あえていうなら人肌的な……。

(っていうか、肌、だよね)

妙に冷静に分析している自分に気がついて、くすりと笑いがこみ上げてくる。
そりゃ肌だったら、人肌程度に感じるだろう。

(あたりまえだよね……って、ん? あれ、それってどういう――?)

胸の奥で呟いた言葉にかすかに首を捻って、そろりとまぶたを押し上げて。

「ふひぃっ!?」

立体視眼鏡の必要がない、現実離れした3Dグラビア表紙が視界めいっぱいにとびこんできてくれたもので、思わず反射的に目を閉じた。
変わりにカエルがつぶれたような変なうめき声を漏らしてしまった気がするが、そこまで構ってなどいられない。
この状況で、動揺するなというほうが無茶な話しだ。
一緒に暮らしているのだから見慣れてるはずなのに、ちっとも『慣れる』ことなんてできない褐色肌の迫力美形のドアップ、その距離鼻先十センチメートルほど。
端整な顔立ちと相まって、近くにいるだけでとんでもない色香を垂れ流してくださるそのお相手が、あろうことかしっかりと自分の背中に腕を回して、まるで宝物でも包み込むような手つきで、僕の身体をそっと抱きしめたまま微眠んでいるなどと……。
どうりであったかいはずだ――じゃなくて。
(そうじゃない、そこじゃないっ)
問題が違うだろうと、さすがに天然ボケ爆弾とか、よく分からない名称で呼ばれることがある自分にも分かる。
(思い出しました)
脳内のつぶやきが思わず敬語になってしまうくらい、荒波のごとく押し寄せる夕べの情景。
ぴっとり密着している頬とか胸とか足とか。直に伝わる肌のぬくもりのおかげで、思い出さなくてもよさそうなことまで、ばっちりと記憶がよみがえってしまった。
きっかけはほんの数時間前、二人で揃って夕食を食べ終えて、他愛のない話をして二人で顔を合わせてくすりと笑って。
洗い物と片付けも終えて、ゆったりと、それぞれの時間を過ごしているときだった。
窓から忍び込む寒気でかじかみ、二時間ちょっとシャープペンシルを握り締めて白くなった僕の手に気がついた僕の同居人である青年は、

「頭に血液が行き過ぎてるんじゃないの? 計算ばっかりしてるから」

指先をつまんで、呆れたように軽くため息をついた。
そのまま温かい手のひらで僕の指先を包み込むと、仕方がないね……といわんばかりに、彼はほんわり苦笑する。

「ぼーっとしてるからガラス戸に気がつかないまま激突して鼻をぶつけたりするんだよ。ほんと健二さんは危なっかしいんだから。数字にだけかまけてないで、もっと周りをみなよね」

たとえば俺とかさ……なんてひそやかな呟きにうっかりつられて、相手の顔を真正面から見てしまったのが、たぶん、いけなかった。
見ほれるほど鮮やかな艶と精悍さを備えて成長した青年の顔の中に、少しばかり拗ねた様な、子どもっぽい表情を浮かべた彼がいて。
包みこまれた手があったかいなぁ、とか。
ちょっと不機嫌そうな(でも深い色の瞳はドキリとするくらい穏やかに笑ってる)彼の表情が、たまらなくかわいいなぁ、とか。
一緒にいると一番幸せな気持ちなれる相手が、至近距離で自分が喜ぶことばかりしてくれるものだかから。
視覚と触覚からの情報に、脳みそをすっとばして脊髄だけで反応してしまった。

「うん。佳主馬くんのこと、もっと見ていたい」

ぽろり、とこぼれでた僕の言葉に、「は?」……と、こういう場面ではいつも冷静な態度を崩さないはず彼が、ものの見事に口を開けたまま固まって。
びっくりした時の彼のまんまるの瞳がやっぱり可愛くて、もっともっと、たくさんいろんな表情を見たくなった。
なんだか意識がふわりとその辺に脱走していたから、多分僕は彼に馬鹿みたいにだらしなく笑いかけていたんだろうと思う。
(ねぇ、どうして君は、いつもそういう顔をするのかな)
ぬくもりから離れるのはちょっともったいなかったけれど、するりと自分の指先を彼の手のひらからほどいて。
(どんなに僕の胸の奧がざわめくか、君は知ってる……?)
そっと彼の頬に手を添えて、視界いっぱいにはみ出すくらいに顔を近づけて、ぼそりと囁いていた。

――君を、もっと、たくさん、見せて。

かずまくん……と。
誰よりもぬくもりを感じていたい人の名を落とし込んだのは、どちらの口の内側だっただろうか……。


(うわぁあああああーっ!?)


口から出かかった悲鳴を、すんでのところで隠滅成功。
喉の奥で無理やり唾ごと嚥下して、けほりと涙まじりの小さな咳をひとつ。
(あぶ、あぶなっ……!)
声を出したら、自分が起きている事が自分を包む腕の主にバレてしまう。
ぎゅうっと、つむったまぶたに力を入れる。いまさら目を閉じたところで、どうにもならないって分かっているのだが、できることなら気がつかなかったフリをして、このままもう一度眠りの世界にとびこみたい。
やんごとない余韻漂う夜の帳の中などではなく、全てを払拭して許される(ような気がする)爽やかな朝日で目が覚めたいのだ。
息を殺して、そーっと細く目を開けて相手の様子をうかがってみると、先ほどから特に変わった様子も見られず、ほっと安堵の息をつく。
(良かった)
同居人……いや、同棲相手で恋人でもある彼とは、部屋は一緒だけれど寝具はそれぞれ専用に分けてある。
大学生と院生という差はあれど、通常は学業を基準としているので同居をはじめても、お互いの生活スタイルにさほど問題はなかった。
だが、研究やOZがらみのちょっと人には言えない特殊な仕事が入ったときなど、お互いに昼夜構わずといった尋常じゃない時間帯で動いていしまう。
だから、最低でもベッドは分けたほうが無難だろうという結論に達したのだ。
(最後まで佳主馬くんは嫌そうだったけど、ね)
少しでも一緒にいたいのだと、口数は少ないながらも全身で「別々反対」と抗議を醸し出す彼の姿は、それはそれで(口には出せなかったが)可愛いなと思ったのだけれど。
真夜中とか早朝とか、どんなに忍んでドアを開けようが、人の気配にとても聡い彼が気がつかないはずがない。
毛布なんかめくろうものなら、一発だ。絶対に目を覚ますと断言できる。
せっかくゆっくりと休んでいるのに、自分のせいで眠りを妨げたくはない。
そう、いい含めれば、「まぁ、俺だって健二さん相手だったらね……」と、先に寝入った相手を起こしたくないという思いは一緒だったらしく、渋々ながら「分かった」と承諾してくれた。

「その代わり、どんなに遅くなっても絶対寝室で寝ること。これ破ったら俺のベッドに縛り付けてやるからね」
「………う、ぁ……はい」

実際、計算が佳境に入ってしまえば作業体勢そのままで気絶とかゴロ寝というのも珍しいことではなかったので、この言葉にはぐうの音も出なかった。
(それって佳主馬くんもなんだけどな)
自分の身体をかえりみず、無茶するのはお互い様。
いつかぱったりと倒れやしないかと、不安にかられるのは同じなのだけれど……とは思いつつも、ここで言ったら「そもそもの体力が違う」とか怒られちゃいそうだな、と思案して。賢明にも反論めいた響きは口にせず、

「じゃあ、約束して」
「うん、じゃあ約束だよ」

差し出された小指に自分の指を絡ませて、目を合わせてはくすりと笑って、指切りをした。
たまに破ってしまって怒ったり怒られたりを繰り返していたけれど、おおむねこの時約束を僕たちは大切に守っていた――だから。
同じベッドにお互いの姿が見えるということは、つまりはそういう事情というか行為というか、あれでそれな一連のタスクがあったわけで。

――こいびとをおそったのはじぶんでした――とか。

……いや、あの、その……。
いきおいだったとはいえ、お、思い返すとほんとに顔から火が出るくらいに恥ずかしい。
必死に目を瞑ってみようとも、直接伝わる肌のぬくもりが隣にいる彼の存在を忘れさせれてくれない。
そこかしこに燻る体の奥の感覚が、妙になまめかしく現実味を帯びていて(事実なんだから当たり前なのだけれど)、壊れものよろしくそっと身体に回された相手の腕の感触が、自分のなかを高速で駆け巡る羞恥をさらに煽ってくれる。

――約束する。

あれは、世間の常識とか自分の非常識とか相手の超常識になんとか折り合いをつけて、お互いの距離を少しずつ近づけていた頃のこと。
いびつながらもようやく人の想いという感情に気がつくことができた自分に対して、もうさみしい思いなんてさせないからと、彼は言う。
少年から急いで大人になってしまった彼は、そんな苦労などカケラも滲ませずに、強く深い瞳で僕をとらえた。

――絶対に、一人になんかしない。

そういいきった彼の声はどこまでも真摯で、澄んだ眼差しが恐ろしいくらいに綺麗で。
自分すら気がつけなかった『一人きりの孤独』を全てすくい上げてくれた彼の優しさが目の奥に染みて、とても……泣きたくなるほどに嬉しかった。
彼は口にした言葉を必ず守るし、彼のことを信じている。
全く釣り合わないとしか言いようのない、自分の情けなさに悲嘆にくれることはあれど、約束を違えるなどと疑ったことはない
しかしそれとこれとは別というかなんていうか、律儀すぎると言うか。
ありえない。
できることなら今すぐ飛び起きてその辺を駆け回りたい。
じゃなければせめて枕につっぷして顔を隠したい。
二人で同じ寝具にいる時には、必ずといいっていいほど彼は僕を抱きこむような状態で彼は眠る。
目を覚ませばすぐにお互いの顔が見えるようにと、腕を回してまるで世界中の『孤』という要素から僕を守るかのように、ぴたりと身体を添わせて包み込んでくれるのだ。
まぶたを開いたら現実離れした美形のドアップなど、恥ずかしすぎるし心臓に悪いことこのうえないので、せめて普通に寝ていようと何度も改善を申し出ているのだが、笑顔で却下されてしまう。

「ただでさえ男同士なんていう無茶させてるんだから、大切な相手の身体を労わりたいなと思うのは当然のことでしょ?」

それとも俺の隣は嫌?……とか。
くらりと眩暈がしそうな極上の微笑みで返されては、「ソンナコトハナイデス」とぶんぶん首を振るしかないではないかと。
よくよく言われたセリフを思い返せば、それだけでのぼせそうになる内容だったのだが――いや、その。
たいていの場面では、確かに彼の方が色めいた物事を仕掛けてくることは多いのだが。
なんていうか、こう……自分から、イタシテしまった時まで、
(守られてるって、どういうことだっていう……)
いつもと変わらなさすぎる現状に、毛布ではなく地面へと潜り込みたくなる。
同性である彼と付き合いだしてから気づかされた出来事は、数え上げればキリがないのだけれど、その中でも『相手とふれあうことが嫌いじゃない』という事実は、自分でも驚きだった。
もともと、恋愛と言う甘い響きに淡い憧れはあっても普通すぎる自分にとってあまり関係ないものだと知っていたし、対する相手を推し量るような激しい感情やりとりは苦痛だ。
可愛い子や綺麗な人を見ればドキリとしてしまうが、それは半ば条件反射みたいなもので。恋とか愛とかいった類の行動に慣れていないと言うのもあるけれど、あまり積極的に動きたいとは思わないし、苦手なのだと信じていた。
何もできない自分だけど、ほんの少し誇れるとしたら、それは人よりもちょっとだけ数字との距離が近いと言うことだから。
僕はよく、脳を酔わせる数字の世界が心地よくて、誰かがいることで気がつかされる孤独よりも、何も想わず、一人でいる方がずっといいと心を放す。
性に対してあまりにも衝動の薄い自分を知っていたので、恋人という対象になった相手が本当に幸せなのだろうかと、かなり困惑した。
――どんなに求められても、同じ思いを返すことはできない。
残酷なことばを突きつけたと言うのに、それで良いんだと彼は微笑む。

「俺が、健二さんの側にいることを許されるなら、それでいい」

愛しさを指先に滲ませて僕にふれる彼の体温が、火傷しそうなほどに熱かったのを覚えている。
――まぁ、実際にコトに及んでみれば、
(嫌じゃなかった、し)
聖人君子じゃあるまいし、気持ちよいと感じた行為が嫌いじゃない。
自分の感じていた不安など本当に杞憂にすぎなかったのだと、あっさりと認識を覆されたのだ。
溺れ、満ちて、溶け合うのは。
大丈夫なのだと、許されているのだと、知ってしまったから。
誰よりも大切なただ一人にふれて、互いの内側をお互いでいっぱいにする。
それは、予想以上の幸福感を自分にもたらしてくれた。
むしろ体が重なり合うことで、心が満たされると分かってしまったから、積極的に相手を求めるようにもなった。
四つという年齢差のせいなのか、もともとの鍛え方の違いなのか。
年若い分、内に溜まる欲をもてあまし気味らしく、抱かせて欲しいとねだるのは彼のほうが圧倒的に多い。
たぶん、比率にすれば5:1。
いや確率的には、十分の一にも満たないかもしれない。
それくらい自分から誘いをかけるのは珍しいことだったりするが、だからといってたった今現在、全身を駆けめぐっている羞恥の嵐が治まってくださるわけがない。
(いまさら照れることでもないんだろうけど)
けれど、情事を強いたのは自分の方なのに、これでは立場が違うではないかと、ゆき場のない怒りにも似た感情が胸内に渦巻く。
いや、怒りというよりこれは戸惑いというべきなのか、
(それとも……不満?)
あふれんばかりの愛情を注いでもらっておいて、わがままだというのは重々承知だ。
大切にされてるということも分かっている。
けれど、自分にも男としての矜持ってものがる。
少しぐらい僕にだって、

「……守らせてくれたっていいと思うんだけど」
「何言ってんの。俺たちを守ってくれるのなんて、いつも健二さんの方じゃない」
「だから君は僕の事を買いかぶり過ぎだって。いつの話をしてるんだよ……あれは偶然なんだし非常事態だったんだから、同じことしてみろったって出来ないよ。だからそうじゃなくってね、もっと日常的に……ふへ?」

(って、え、ちょっとまって)
真上から降ってきた声に慌てて目を開けると、当然のように鼻先を突きつけて覗き込んできた、悪戯っぽい光をたたえた黒い瞳とばっちり眼が合った。
ぽかん、と呆けてあいた口がふさがらない。

「お、お、おきてたの!?」
「うん」
「いつからっ」
「っていうか、寝てない」
「へっ? え、で、でも、眠ってた……よね?」

ひくりと引きつったのどから出た声は、みっともないほどに裏返ってしまった。
だって、目の裏に焼きついている先ほどの状景の中で、確かに彼は両目を閉じていたのだ。薄暗かったけれど、あんなに至近距離で見間違えるはずがない。
心臓がばくばくしすぎて、寝息までは確認してはいなかったけれど。

「目開けたら気にするかと思って、寝たふりしてただけ」

淡々と返された言葉に、ぴきんと顔が固まる。
(それって、ようは、つまり……)
ぼうやり間抜け面で目を覚ましたところとか、隣に素っ裸の恋人が居る事実に気がついて青くなったり赤くなったり、悲鳴を上げかけて狸寝入りを決め込んだくだりとか。
じたばたもがく様を、一部始終見られていたわけで。

「健二さんの百面相、面白かったよ」

にっと唇の端だけ持ち上げた彼の表情は、完全に楽しんでいるときの顔だ。
僕の反応をみて面白がっていたに違いない。
起きているのならもっと早く声をかけてくれればいいのに、こういうところが意地が悪いと思う。

「ひどいよっ」
「そう? 俺はいい趣味だと思ってるけど」
「眠れないなら、起きてていいのに……」
「眠れないんじゃなくって、寝なかっただけ」

しれっと返してくる秀麗な相手の顔が恨めしい。
(あれでもまって。それって、ようは)
会話のやり取りに、はっとある重大な事実に気がつく。
自分が寝入ってしまったのは、単純に言うと……まぁ情けないが、根が尽きたということだろう。
でも、よりしんどい筈の相手が起きているということは、それだけ余裕があるというか、ありあまってるというか……。

「佳主馬くん、あの……満足できなかったってことだよ、ね……」

ナニが、とは言えない自分の至らなさを察していただきたい。

「健二さん。それ、言ってて自分で悲しくならない?」
「………かなり、なります……」

うぐっと声をつまらせて呟いたら、一瞬佳主馬くんが本気であきれ返った顔をしたので――ぼんっ、と顔から火が出た。
やっぱりそうだったのかと力が抜けて、不貞寝のように顔を横にそらせると、くつくつと、楽しげに喉を鳴らす音が漏れ聞こえてくる。

「馬鹿いわないで、満足しないわけないでしょ。俺を求めてくれてるっていうのに、幸せ以外感じるわけがない。健二さん自分じゃ気がついてないかもだけど、俺を組み敷いてる時の顔ってほんとに壮絶なまでに色っぽくて、全身の震えが止まらないんだけど?」

欲に濡れた瞳に射抜かれるとぞくぞくする……なんて、ナニソレ誰のことですかといわんばかりの恥ずかしいセリフは、本気で言ってると伝わってしまうだけに勘弁して欲しい。

「あんな顔は俺しか知らない。俺以外の人間になんて教えてやるつもりもないし、そんなこと絶対に許さない。貴方の中に俺しかいないんだって、手で声で心で伝えてくれる健二さんが――」

すごく好きだよ、愛してる……と、掠れた魅惑の低音で囁く彼はどこまでも真剣だ。
(それは僕じゃない。君のほうだ!)

「だから、俺は絶対に健二さんのそばを離れない」

自分を幸せに出来るのは貴方だけなんだから、とか。
これでもかといわんばかりの睦言に、羞恥でいたたまれなくなってしまって。

「もう、黙って」

余計なことばかり言ってくれる口を実力行使で手のひらで塞いだら、くすりと笑んだ吐息をダイレクトに感じてしまい、くらりと眩暈がしてしまった。
どうにもこうにも、自分は相手に弱すぎる。
どうしようもないくらい、君は僕に甘すぎる。

「それじゃ、健二さんも目がさえてきたみたいだから、いいかな」

低く呟きながら身を起こす彼の気配に、「どこへ行くの」と反射的に声をかけてしまい、自分の言葉に滲んだ『淋しい』響きに、はっとする。
これは確かに、一人寝が出来ない子どもの我がままそのものだ。
どこまで相手に依存しているのかと、がくりと落ち込む僕の気配に気がついたのか、彼は安心してよと優しく声をかけてくる。

「シャワー浴びてくるだけ」

すぐに戻るから、なんて。
さすがに、相手にいわれた言葉をそのまま鵜呑みしてしまうほど、単純ではない。

「それって、わざわざ僕が起きるのを待っててくれたってことだよね」
「……健二さん眠り浅いから。絶対、起こしたくなかったし」
「起こしてくれていいし。だいたい、そんなに隣にいることに固執しなくていいのに……一緒にいることには変わりないんだし」
「ダメ。貴方が起きた時に、一番先に見えるのは俺じゃないと許さない」
「あのね……佳主馬くんは僕を甘やかしすぎだと思うよ」
「うん、健二さんのわがままが可愛すぎて、大切にしないともったいない」

とぼけた口調で嘯いた彼は、自重するかのようにふっとやるせなく息を吐いた。
ゆるると手を伸ばして、僕の首に腕を回して、彼の胸元にそっと抱き寄せられる。
首元に顔を埋めた僕の耳に、魅惑的な声が落ちてくる。

――うそ。これは、俺のわがまま。それくらい俺が……僕が、健二さんに甘えてほしかったってこと。

なんて溶けそうなほどひどく甘い声音で言われてしまったら、「甘やかしすぎだ」とか怒るに怒れなくなってしまう。
ずるい。
絶対、僕がその声に弱いって知ってて言ってるに違いない。
遠慮があるのかないのか良く分からない高校以来の親友には、

「ぶっちゃけお前らどっちがどっちなのよ?」

なんて聞かれたりするけど、正直どうにも答えようがない。
「どっちだと思ってんの?」とか返すと、「いや、あんまり積極的に知りたくもないんだけど」とか尻込みするので、

「じゃあ知らなくていいんじゃないの」

思ったままを口にすると、そういう態度がわけわかんねーんだよ、とか頭を抱えられた。
仕方がないじゃないか、本当にこの関係を言い表す言葉が見つからないのだから。
僕たちはたぶんお互いがお互いのことを好きすぎて、どこからどこまでが自分と相手の気持ちの境目なのか曖昧になってきている。

「じゃ、僕も一緒に行こうかな」

ぼんやりと佳主馬くんの言葉に返したのは、どうせ中途半端に目が覚めてしまったのだから、いっそ熱いお湯でも浴びてすっきりとしたいなと考えただけで。
別に、何らかの他意があるわけじゃなかったし、たぶんそれは彼も充分に分かっていたと思う。
けれど、僕のその言葉にうっと小さく呻くと、大切な想い人は苦虫を咬んだ様な奇妙な顔をして黙り込んでしまった。

「佳主馬くん?」

不思議に思って名を呼べば、彼は言葉に珍しく迷うように視線をさ迷わせて口を開いた。

「シャワー、浴びたいなと思うんだけど」
「うん?」
「健二さん、すぐに寝ちゃったからさ」
「………はい」
「そのまま、なんだけど」
「…………あ。えっと………ごめんなさい」

何のことかと考えをめぐらせて、一瞬にして「ソレ」に思い当たって、撃沈。
寝っ転がっている状態じゃなければ、土下座で謝り倒したいくらいだ。
本当なら自分がやってしかるべきというか、なんで今まで気がつかなかったのかという。
色事の時の彼はほんとにもう煽り上手というか、艶やか過ぎるというか、可愛すぎて歯止めが利かなくなるというか……こう、誘って、誘われるままにのめりこんでしまって……欲を吐き出してしまって。
世の物事には全部手立てというものがありまして、やることをやったら、いわゆる後始末をしなければいけないわけで。
圧迫感はずっと消えないし放っておけばおくほど、乾くわはりつくわでかなり苦しいのだ。体調だって(主にお腹が)悪くなるし、よく分かってしまうのもどうよな感じだけれど、誰のせいかといわれれば、完全に自分のせいなわけで。
――やるだけやって満足して、自分は寝てしまって、その間ずっと待たせていたとか、どれだけ最低なのかとくらくら眩暈がしてくる。

「まぁそれで、一人で行った方がいいかなと思ってるんだけど。正直、この状態で一緒に入って、貪り尽くしたい恋人の姿をみせつけられて、何もしない自信なんてないんだけど。本当に、寝かせてあげられなくなるよ」

――俺はいいけど?

色事の余韻が残る流し目でちらりと僕を見て、ぞくりと背筋を撫でる艶めいた誘い文句にうっと呻く。
佳主馬くんは、本気だ。
本当に、自ら処理して……宣言通りに、こんどは、たぶん、あさまではなしてもらえない……。
思わず、自分の腰をさすって、はうぅと声にならない声を絞り出す。

「無理です……ごめんなさい」
「だろうね。ゆっくり寝てな?」

楽しげな笑い声とともにバスルームに消えてゆく後姿を視界の端で見送ると、僕はばふっと枕に顔をつっぷした。

だめだ。
僕は、この相手には絶対に勝てない。















(おわる)

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