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[SW] LLC 9

みどり、緑、翠……一面まばゆいばかりの緑色。
それが、指定されたプライベートルームの第一印象だ。

『エメラルドの国ってわけ? ふざけてるわねぇ』
『メガネは渡されないみたいだけどな』

周囲をきょろりと見回した理香がため息をつき、克彦はアイテム欄を開いて肩をすくめた。
オズの再現か……と呟いたのは誰だっただろうか。
左右どことか、天地も曖昧な緑だらけの空間に、石畳のような白いマス目が転々と続いている。

『どうやら、謁見の間に続いてるみたいだな』
『やーね、もったいぶっちゃって』

行く先を見つめて理一が呟いたのを、むっとしたような夏希の声が答える。

『この先のようですね』

行きます……と足を踏み出した直後。
だんっ!
弾力のある何かにぶつかったような、鈍い衝撃音が響いた。

『えっ! ちょっと、何コレ!?』

叫んだのは自分ではない。驚愕のあまりに裏返っているが、これは太助の声だ。
振り返ると、ほんの数歩しか離れていないはずのみんなの姿が、数十メートルほど離れて見える。
だんだんっ! と繰り返し音が聞こえるのは、誰かが目の前に現れた見えない壁を叩いているせいだというのが、かろうじて分かる。

『健二さんっ!』
『健二くんっ!』

引きつったような佳主馬と夏希の叫び声に、僕は意識してゆっくりと唾を飲み込んだ。

『大丈夫、落ち着いて。オズの再現って、さっき誰かが言ってたけど、たぶんそういうことなんだと思う。きっと、オズの王様に会えるのは一人だけなんだ』

予想よりはずっと早かったけれど、きっと自分だけがボスに相対することになるだろうというのは、想定していたことだ。
むしろ、完全に切り離されるかと覚悟してのに、みんなの姿は見えるし、会話は切られていないだけマシだとも思う。
ざわざわと揺れるみんなの動揺を背に、僕は道の先を見据えた。
さっきまでは遠かったはずの玉座は、もう目の前だった。
まっすぐに前を見て足を進めると、玉座だと思っていたものが、何か巨大な塊であることが分かってきた。
(っていうか……これ、顔……?)
どうみても巨大な顔。
石造りにみえる無骨な顔だけが、緑色の空間の中にぽつんと置かれているのだ。なかなかシュールな光景である。

「……佐久間の同類だねぇ……」
「あほかお前! 何余裕ぶっこいてんだよ」

素直な感想を口にしたら、間髪いれずに怒られた。
はっと姿勢を正してモニターに向き合う。確かにのんびりしている場合ではない。
石の顔がゆっくりと浮かび上がり、重々しい声があたりに響いた。

『来たか……よくぞここまでたどり着いたな』

初老の男性と感じられる少ししわがれた声の主に向かって、僕は小さくお辞儀を返した。

『はじめまして。僕はケンジです。えっと、貴方は……』
『私の名は……ふむ……「キング」では、そこの少年と混同してしまうか』

石の顔の、口の端が歪んだ。
笑っているのだろう、誰が誰かを全部理解しているぞ、とでも言いたげなニュアンスを滲ませている。

 ――さっすが親玉、感じわるいわ。

理香のあけすけな物言いに苦笑しつつ、僕は腕組をしながらうーんと声を落とした。

『そうですね。オズではOZと混ざっちゃいますし……あ、じゃあ。「王様」って呼びます』
『ほう……なるほどな。それでよかろう』

感情が読み取れない訥々とした声に、ざっと背後が色めき立った。

 ――だからいちいち偉そうな口効くんじゃねーよ、ムカつくったらよぉ!
 ――翔太兄、いちいちうるさい。
 ――実際、相手はとても偉いみたいだからね。多少は仕方ないかな。
 ――理一が言うとやけに説得力あんのよね。あと、涼しい顔してアンタも相当ムカついてんでしょ。

観てるだけというのがもどかしいのだろう。
苛立たしげなみんなの声に、少しばかり申し訳なさを覚えつつ、僕はしっかりと王様と向き合った。

『さてケンジ、ここに来たという時点で、君の用件はもう済んでいるはずだ』

決まった口上を読み上げるように、石の顔は淡々と言葉を並べる。

『君は私と直接合うことで、事の重大さを認識した。見えない相手よりも、見えた相手はより強大だっただろう? ほんの少し権力に顔が利く程度では太刀打ちできない相手だと理解したはずだ。下手に逆らうよりも、大人しく我々の保護を受けた方が何の問題もないと悟った。違うかね』

 ――勝手なこと言わないでっ! 誰があんたなんかに健二くんをおぉぉおおおっ……むぐっ。
 ――克彦ナイス。そのまま夏希を抑えて。
 ――誰かキングもよろしく。無言で壁を連打するのまじ怖いっす!

不穏な言葉が聞こえた気がするけれど、僕は振り返ることなく相手を見据えた。
じっと王様の顔を見上げて、ゆっくりと、でもはっきりと左右に頭を振る。

『違います』

硬く厳つい石の眉が、不快そうにピクリと動いた。

『違う? 何がだね。君は私と戦いにきたわけではないのだろう。言っておくが、私はゲームなどという愚かしいに行為に興じるような真似はしない』
『分かっています。貴方はそんな小細工が通用するような相手じゃない。でも……戦うことだけが、勝つってことじゃない』
『ほう……?』

相手の口調に、はじめて興味深そうな色が滲んだ。
さぁ、ここからが肝心だ……と、僕は両手をぐっと握り締める。
(大丈夫、諦めない)

 ――大丈夫、あんたならできる。

記憶の中の、懐かしく暖かい声が、そっと僕の背を押してくれる。
すうっと、大きく息を吸い込んで、僕は王様に向かって口を開いた。

『だから王様。僕と、取引してください』

取引?――訝しげに繰り返す相手を、肯定の意思を持ってまっすぐに見つめ返す。

『そうです。僕は貴方に、僕自身の自由と僕の大切な人たちの絶対的な安全を要求します』

ふははは……と、王様の口が大きき開き、小さなつむじ風のような笑い声が空気を揺るがした。

『まさかそうくるとはね、なかなか笑わせてくれる。突拍子もない提案だが、まぁいい……聞いてやろう。それで、君は私に何をくれると言うのかね?』

取引というならば、相応の対価が必要。
それなりの魅力のある条件を用意できるのか……と、侮りを隠そうともしない相手の言葉を、ひどく冷静な気持ちで受け止めていた。
自分を守ろうと働きかけてくれた、大切な人たち。
僕は、みんなを守るためなら、
(たぶん、惜しいものなんてない)
そのかわり……と、言葉を続ける自分の姿を、固唾を呑んで見守ってくれている気配を感じていた。

『そのかわり、僕は、僕の大切なひとたちを守るために、自分の能力を使いません』

小さく息をついて、震えそうになる声にぐっと力を入れる。

『いうなれば、大切な人たちの安全が人質です。もしその約束を僕が破ることがあったら……その瞬間から、OZと完全に切り離してください』

 ――えっと……それって、どういう?

困惑もあらわに呟いたのは夏希だろうか。答えがないのは他のみんなも同様に戸惑っているからだろう。
きっと、今の自分の言葉の意味をちゃんと理解している人は少ない。
それでもやっぱり、
(分かっちゃうよな……)

 ――健二……お前、自分が何言ってるのか本気でわかってんのかよ。性質悪いにも程があるっての。
 ――健二くん、それは自殺行為に等しいよ。

怒気をはらんだ親友の声に、わずかに強張った聡明な大人の声。
そして、少しだけ震えている、少年の声。

 ――そんな、健二さん……ひとりになる気……? 馬鹿じゃないの、そんなの、そんなふざけた自己犠牲なんて、誰も望んでないっ!

(うん、馬鹿みたいなこと言ってるって思う)
政治に経済、公共機関に民間企業、生活基盤の全てが仮想都市と密接しているいま、OZに関わらずに生きることは非常に困難だ。
無人島や文明的要素を一切排除したとんでもない僻地にでもいるのなら話は別だが、電脳文化が発達しているこの国で生きる以上、OZとのつながりを完全に遮断されるというのは、生活をするなと言っているに等しい。
大げさに言えば、今の自分の言葉は生死の権限を相手に委ねているようなものなのだ。
約束を破った時という条件をつけているとはいえ、自分の身を差し出しているような内容に気がついた彼らの衝撃は、如何ばかりのものだっただろう。
心配をかけてしまったという思いがちくりと胸を刺したが、
(でもごめん、もうちょっとだけ待って)
握り締めた両手にもっと強く力をこめて、僕は石の顔をきっと見上げた。
言い逃れも言い訳もしない。
今はまだ、自分にしかできない戦いをしなくてはならないのだから。

『おかしなことを言う。その条件で、私に何の得があるというんだ。私たちは、君の能力が全て欲しいと望んでいる。そのことを君が理解していないとは思えないんだがね』
『分かってます。でも、貴方は、僕についてとても重要なことを知りません』
『何を、私が知らないと言うのかな』
『王様の欲しがっている僕の力が、大切な人たちを「守る」時にだけ使えるって事をです』

きっぱりと言い切った僕の言葉に、驚いたのか、呆れたのか。
石の口がぱっかりと開いて、ふさがらなくなった。

『考えてたんです、ずっと。数学オリンピックで代表になりそこなって、ラブマシーンの時だって一番最初のパスワードの答えは間違っていて。いつもいつも僕は大切な時に間違えてしまうのは何故なのかって、親友には散々しつこいって言われたけど、どうしてなのかって考えることが、僕にとって必要だった……』

肝心なところで間違ってしまう。大事なところであと一歩届かない。あきらめたくないくせに、あきらめたふりをして、いつまでも届かなかったあと一歩を、ため息混じりに羨望の眼差して見つめてる。
それが自分だった。
考えすぎるクセや、自分に自信を持てなくて迷ってばかりいるのは、情けないけれど今も変わらない。
だけど、分かった。あの夏の日々で、僕はとても大事な事を学んだ。
あきらめないことを教えてくれた人がいる。
あきらめない自分を支えてくれた人がいる。
大丈夫だ、一緒にいるからと、励ましてくれた人たちがいる。

『あきらめなさんなって、あきらめないことが大切なんだって、栄おばぁちゃんが教えてくれました。そのあきらめない気持ちを支えてくれるのが、ずっと僕を応援してくれたみんなだった』

信じてくれているから、信じられた。
あんなに必死になれたのは、大切な人たちを守りたい、その想いだけが自分を動かしていたから。

『間違わずにいられたのは、みんながいてくれたからなんです』

大切な人たちを守るためだからこそ、答えを「あきらめない」でいることができたのだ。

『僕の能力が欲しいって言ってますけど、それってまだまだ先のお話じゃありませんか? 今OZで重要なのは、セキュリティの向上ってことだと思います。世の中にはもっとずっとすごい人がいるとは思いますけど、パスワード解除と言う点での心配なら、さっきも言った通り僕は手を出しませんし、万が一関わってもそのときは貴方がたの手に委ねます』
『ふむ……では、こうは考えなかったかな』

ざわり……と空気が揺らぐ。

 ――なによあのどでかい頭……サイ?
 ――なんだありゃ、目が五個もあるな。縞文様が五つならイサキなんだが。
 ――誰が魚の話してんだよじーちゃん! 目どころか腕も足も五本あんじゃねーか。ありゃ化けもんだって!

王様の顔がボロボロと崩れ落ち、瓦礫と化した石の代わりに、もう一回り大きな奇怪な塊が徐々に姿を形作る。
物語の怪物さながらに、恐ろしいメタモルフォーゼを遂げた相手を前に、僕は一歩も動かずその場に留まった。

『一人も複数人も同じこと。集まっているならちょうどいい、まるごと取り込んでしまえばいい話だ、そうだろう?』

ぐわぁと大きく口が開き、真っ赤な口の中と、ぎらりと光る開く牙が目前に迫ってくる。

 ――健二くん、逃げてーっ!

夏希の甲高い悲鳴が空間を切り裂く。
世にも恐ろしい獣が自分に牙をむいているというのに、奇妙なほどに冷静でいられる自分を感じていた。
猛然と襲いくる牙の勢いが、鼻先数ミリのところでぴたりと止まった。立ち尽くす僕の目の前で、赤い口が揺れ動く。

『何故逃げない』
『その必要がないからです』

黒電話を手に、凛と背を伸ばした彼の人の姿を思い出し、すっと背筋に力を入れる。

『ケンジ、君の言っていることは全て奇麗事の夢物語にすぎん。まったく論理的ではないし、甚だ不条理だ。そんな不合理な話に、本気で私が乗るとでも思ったかね』
『AIなら無理です。でも、貴方は人だ。人と人との絆の強さを知っている、人間です。……そしてコミュニケーションを何よりも大事にしている、OZという理想都市を支えている人でもあります』
『…………』
『僕は、人と人とが、言語や地域や距離を越えて「つながる」場を与えてくれている貴方が――OZが、僕と、大切な人たちを、切り離したい訳じゃないって思っています。だから、逃げる必要なんてないし、みんなで一緒に来たんです』
『……世迷いごとを、次から次へと、良くもまぁ……』

くくっ……と、苦笑にも似た小さな笑い声が周囲に落ちて、怪物の姿が徐々に薄れてゆく。

 ――今度は、人間型か?

疑問符を帯びて落ちた克彦の言葉どおり、巨大な塊がどんどん小さくなって、今度は小柄な人物が目の前に現れた。
緑色の空間の中の、翠色の玉座に、さも当然のようにゆっくりとその人物は腰掛ける。
王冠は戴いていないが、中世風のゲームに出てきそうな灰色のローブをすっぽりと頭から被っていて、顔は良く分からない。
ローブ姿になった王様が、すっと手を上げて僕を指差した。

『……私の知り合いに、君と良く似た人がいたよ』

裾からでた指先には、それほどシワが刻まれていない。
老人のような姿だが、先ほどまでより幾分か若い男の声が響く。
口調は強いのに、訥々と続くその声は、どこかもの悲しげに僕の耳に聞こえた。

『人と人とが言語や距離を越えて、何の垣根も障害もなく共存出来る場をつくる。世界にはいろんな人がいるからこそ、つながっているということが大切だと。コミュニケーションが何よりも大事なんだと、夢物語のような理想が口癖だった』
『OZの、初期のスタッフの方ですね』
『……古い、記憶だ……』

その人は今どうしているのか……と、疑問が心によぎったが、口にすることはできなかった。
これはきっと、王様がとても大切にしている思い出だ。他人がずかずかと踏み込んで良いものじゃない。
だから、質問の代わりに僕はもっと今にふさわしい、建設的なセリフを口にすることにして、声を張り上げた。

『あの、自由に関してだってずっと……というのはさすがに無茶だと思いますから。僕がちゃんと将来について考えられるまででいいです。もしかしたらOZに行きたいって思うかもしれませんからね』

そのときにまた話し合いましょう! ……と続けた声は少々裏返ってしまったが、そこはご愛嬌だろう。
妙な度胸が据わってしまっているが、こっちだってかなりの緊張を強いられているのだ、そろそろ張った糸も緩もうというもので。
(吉と出るか、凶と出るか)
ばくばくと高鳴る鼓動が聞こえなければいいと思いながら、じっと相手の答えを待つ。
突然、「ははははっ」……と、豪快な笑い声が空間に反響し、耳をつんざいた。
今までのようなどこか陰を含んだものではない、とても自然な笑い声に、はっと目を見張る。

『いいだろう。君の話に乗ろうじゃないか』

ひとしきり笑い声が周囲に満ちた後、呼吸を整えた王様が僕に向き合った。

『ほんとですかっ!?』

 ――ちょっ、なにその超展開。
 ――いや成り行き的にはありだが、健二くんなかなか飛ばしてくれるね。
 ――さすがばーちゃんが認めただけのことはあるわぁ。 
 ――いやー、それにしても想像の域を超越しすぎですけどねー。

一気に好転した事態に、息を潜めて見守ってくれていたみんなの声も漏れ聞こえてくる。

『ただしあくまでも取引だ。ケンジが条件を逸した行為をとったという確認がとれれば、私はすぐにそれなりの行動をとらせてもらう』
『はい、約束は守ります』

頷いて宣言をした僕に、よかろう、と王様もはっきりと頷き返した。

『では君を待つ人々の所へ送ろう……ああ、そうだ。もうひとつ私から条件があるんだが』
『何ですか?』
『新システムの稼動前に、安全性確認の協力を頼めるかな。それくらいなら契約違反にはならないだろう?』

フードに隠れて顔は見えないはずなのに、彼が悪戯っぽく笑ったような気がしたのは気のせいだろうか。
確かに、セキュリティチェックをOZでのバイトの延長と思えばおかしくはない。
くすりと笑って、「分かりました」と承諾の意をしますと、

『ではそのときに改めてこちらから連絡させてもらうよ。冬には新システムへの移行が決まっているのでね。このアドレスは、直に使えなくなる……よろしく頼む……』

王様の声が最初の石の顔の時のような、重々しい口調に切り替わってゆき、王様の姿がどんどんぼやけていって……代わりに、僕の目の前に光の輪が現れた。
みんなの所に送ってくれると言っていたから、これがその入り口なのだろう。
そう思って、光の中に踏み出して、あれ? と足を止めた。
(いま、何かが引っかかったんだけど)
一瞬よぎった違和感に首を傾げるが、はっきりとは浮かんでこない。
何だったんだろう……と、もっと深く考えようと思った僕の思考は、ものの見事に中断された。
心理的にも――物理的にも。

『あんたってほんと一見無害なふりして規格外物件すぎんのよ!』
『良くやったー! さっすがうちの一族だ、男はこうでなくちゃいかん!』
『見てるほうが方がドキドキしたよ。健二くんって割と大胆だよねぇ』
『健二くん、わたし、わたし……信じてたけど……無事でよかった……』
『よくやった……と言いたいけど、女の子を泣かせちゃいけないなぁ、健二くん』
『いや、さすがにもうだめかと思ったよ、さすがラブマシーンと渡り合っただけのことはある』
『ばっかやらろう! 決めんならとっとと決めやがれ! 無駄な心配かけさせやがってふっざけんな!』
『有限実行なんて、割といいオトコの条件そろえてんじゃない……なんて言うわけないでしょこの馬鹿!』
『健二さんって……どうしてこう無茶苦茶なんだよ! ほんっと信じられない!!』
『馬鹿につける薬はないってね』

異口異音。
歓喜に満ちた声とともに、四方八方、十方向から伸ばされた手が腕が足がリスの身体をつまみ上げる。捻じ曲げる。押し下げる。担ぎ上げる。引っ張り回す……ぷちっ。

「あっ」

――愛の重さに、つぶされました。






見事にひしゃげて目を回している自分の分身を見つめながら、はははとひそやかに声を落とす。
(良かった、本当に良かった)
緊張感から解き放たれて、ほうっと息をついていると、

「うまく行ったから良かったようなものの、見てたこっちはひやひやもんだったぞ、オイ」

恨めしげな低い声とともに、にゅっと目の前に生えた腕に、がっと首を後ろから羽交い絞めにされた。
勢いでのけぞった首筋に、佐久間の腕が容赦なくぎゅーっと食い込む。

「いたっ! いだだだだっ! さくま、いたい、いたいよっ!」
「痛くしてやってんの。とーぜん」

俺たちの心痛を思い知れ……と言い捨ててようやく手を離してくれたので、赤くなった首をさすりながら、ケホっと涙目で空セキをした。

「悪いとはおもってる。でも、勝つつもりでいたからね。それに……覚悟はしてたよ」
「覚悟? なんの……」

言いかけた相手は、はっと何かを思いついたように僕の顔を凝視した。

「そういや、お前の親父さん、えらく辺鄙なとこに海外出張してたよな……通訳の域を超えてて、もう永住すんじゃねーかってくらい現地になじんでるって。連絡手段もロクないようなとこだから、OZ関連のシステムは一切使えなくって、お前んとこのかーさんがサポートスタッフとして現地時間で働いてるって」
「わー、佐久間。一度しか言ったことないのに、よく覚えてるね」
「語学オタクの子が数学オタクだなんて、強烈過ぎて忘れられるかよ!」

ったく、だからお前は嫌なんだよ……とぶつぶつ文句を言う相手に、だからごめんって、と謝り倒す。
あくまでも自分の能力を目的とするのなら、(自分にそんな価値があるとは到底思えないのだけれど)他の国に自分自身を売りつけにいくくらいのことを決意していた。
もしも交渉がうまくいかなかったら、自分の方から即座にOZとのつながりを絶つ覚悟をしていた。
その考えをまとめられたのも、この親友が、先に先にと手を打ってくれていたからだ。

「佐久間……ありがとう」
「は? なんだよ気持ちわりーな。そういうのはさ、ほれ、あっちの面子にいってやれよ。今のがバレたら、お前確実に袋叩きだからな」

佐久間の声にうながされてモニターを見ると、どうやら目を回していたリスが目を覚ましたらしい。
手足をばたばたさせて起き上がろうとしている僕を、夏希と佳主馬がわれ先にと手を差し出そうとしていて。
結局太助に頭を支えてもらって、よっこらせとフラフラながらに立ち上がっていた。

「うわ、それは内緒にしといて。……怖いから」

顔をひきつらせた僕に、軽やかな笑い声が返ってきた。

 ――よろしく頼むよ。

栄に託された言葉がくっきりと頭の中によみがえる。

(ぼくは、ちゃんとみんなを守ることができましたか?)

もちろん、僕の声に答えはないけれど。
あの日と同じ笑顔で、笑ってくれているような気がした。





(クロスリミテッド/終)


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[SW] LLC 8

[ 二〇一〇年 九月十日 ]


ピッという電子音とともに、ワールドクロックが二十二時の時報を鳴らす。
その音を合図に、陣内家のプライベートチャットルームに揃った面子が、一斉に立ち上がった。

『えっと……私に佳主馬、理一さん、克彦さん、理香さん、直美さん、太助さん、万助おじさんに翔太兄、あとは佐久間君で総勢十名ね』

軽やかな夏希の点呼とは対照的に、万助が重々しく頷く。

『全員とはいかなかったがな。まぁ、戦力ばかりが勝ち戦の秘訣じゃねぇってのはご先祖様が証明してくださってんだ。ようは気の持ちようってヤツの問題だな!』
『父さん、だから戦じゃないですって』

ガッツポーズで気合十分の万助に、息子である太助が慌ててたしなめている。
その弱腰がいかんと、万助のアバターであるイカ剣士の腕が太助のアバターの背中に直撃するシーンをばっちりと目撃してしまい、あわあわと短い手足をばたばたさせた。

『お、お二人の言う通りです、十分すぎますよ!』

思わず叫んだ自分の言葉に、

『でも本当に良かったのかい? うちのだって、参加する気は十分だったんだが』

少し訝しげに返してきたのは克彦だった。「うちの」が指している意味が奥さんの事だと気がつき、これも慌てて首を振る。
自分のアバターは頭が大きい分反動が大きい。首がもげてしまいそうだ。

『いいんです。最初に言った通りに、みなさん自身のことが第一優先です。そうじゃないと、僕が納得できません』

OZの主からの招待状が届いたあと、当然ながら誰が一緒に行くのかという問題が持ち上がった。
みんなで、とは口にしたものの、自分としてはそれぞれの日常を大事にして欲しいし、己の都合で無理などして欲しくはない。

『健二さんって、こういうとこほんとに頑固だよね……』

佳主馬の口調はあきれ返っていたが、こればかりは譲れないと頑なに言い張った結果、決行日に仕事などがなく、夜十時という時間帯に手が空いていて、ある程度OZの操作に慣れている人のみということになった。
当然、加奈や真緒といった幼年組と、彼らを見守る役目のある人たちには遠慮願うことにしたのだ。

『つーか、何で俺までこいつの手助けなんかしなきゃなんねーんだよ。久々の休みを潰されて迷惑だっつーの』

不満たらたらの翔太の声に、分身であるリスのアバターの体がびくりと跳ね上がり、尻尾がぴんとのびる。
(や、やっぱり迷惑かけてるよな)
無理をしなくてもいいからと言いかけた自分の声を、あっはっは! という高らかな笑い声が制した。

『相変わらずちっちゃい事言うわねぇ。だぁーからあんた女にモテないのよ』
『ふっふーん。ねぇ直美、私いーこと知ってんだ』
『なによ理香、その訳知り顔な感じ』
『翔太ってば、無理を承知で健二くんのこと上司にかけあって説教とか食らってんのよ。まー、この子も相当なツンデレよねー』
『なっ! んでそれっ……つか、別にヤツのためじゃなくって夏希が必死だったから……いや、くそっ、てめぇ、迷惑ならもっと堂々とかけやがれ!』
『は、はいっ!』

思わず勢い良く返事を返してしまい、あれこれで良かったんだっけ、と首を捻ってしまう。
やっぱりみんなに頼ったのは軽率すぎたかな……と少しばかり迷っていると、ぽんっと、軽く肩を叩かれた。

『ここにいるみんなはやる気十分で、ちゃんと余裕をもって参加してるってことだ。あとは任せたから……頼んだよ、健二くん』

言い聞かせるように、ゆっくりと話す理一の言葉が、じんわりと胸にしみこんでくる。
(そうだ。あとは、やるしかないんだ)

『ところで健二さん、全然戦略とか決めてないんだけど、このまま乗り込んでいいわけ。無謀じゃないの』
『大丈夫です。話し合いをしたいだけで、喧嘩を売りにいくわけじゃないし、危ないことはありませんから』

迷っている場合じゃない。
佳主馬の疑問に、はっきりと答えを返すと、隣から「ほんとかよ」……という呟きと、疑わしげな視線が寄こされたが、気にしない。
部活の延長と学校側に断りを入れてOZに接続しているので、互いの行動は筒抜けになっているのだ。
(ウソじゃない。戦うことだけが、勝つってことじゃないから)
直美と理香に囲まれてたじたじになっている翔太をみて、思わずくすりと笑って……決意する。
大切な人たちを、危険な目に合わせたりなんかしない。

『行きます』

僕の声とともに、それぞれが目的地の座標を打ち込んだ。


[SW] LLC 7

[ 二〇一〇年 九月九日 同日 ]


『まったくもう』

ぴこぴこと可愛らしい音をたてて歩き回っていたリスが、小さなため息をついてぴとりと足を止めた。
小さな黄色のリスの前で、全員が神妙な面持ちで正座しているのは(足のないアバターは列に並んでいるだけだが)、一種異様な光景ではあるが、誰も異を唱えることはない。
いや、できない。

『おかしいと思ったんだよね。佐久間が僕をからかうのはいつものことだけど、暇があるなら絶対夜食くらいは買いにいかせるはずなのに、妙に部室に僕を寄せ付けないようにしてるし。バイトの保守点検だって、自動プログラムでできるようなとこ開いてたり』
『……ほんと、こまかいとこ見やがって……』
『なんか言った?』
『ナンデモアリマセン』

思わず口をついて出てしまった佐久間のセリフを、ぴしゃりと冷たい声が跳ね除ける。

 ――ね、ね、理一。あの子性格変わってない?

こっそり送られてきた直美からのチャットメッセージに、

 ――うーん、地雷を踏んだのかもね。

と答えておく。
演算能力こそ優れているが、その特異な点すらも自分では大したことないと思っているような、よく言えば柔和で人当たりが良いごく普通の高校生……というのが彼の印象だった。
けれど、今目の前にいる彼の雰囲気は、スイッチを切り替えたかのようにがらりと変わっている。

『毎日みたいにOZでは話してるのに、夏希さんと佳主馬くんの態度も何かどこかおかしいなって思ってて……悪いとおもったけど、佐久間含めて三人のログイン履歴を追わせてもらったんだ』
『健二、お前それプライバシーの侵害っていう』
『――何?』
『ナンデモナイです……』
『いっとくけど、あくまでもログから追っただけで個人の情報は見てないよ。そしたら、ほら。ここ最近のグラフの重なりかたって、おかしいよね? 僕がログインしてる時だって、一緒にいるのに違うグラフがある。だから、何か隠してることがあるんじゃないかなって思ったんだけど……』

 ――障子に指かけて「あら、埃があるわねぇ」なんつー、姑かってのお前は!

健二以外に送られた秘密モードの佐久間の叫びに、全員の肩が震える。笑いたくても笑えない、なかなかにつらい状況である。

『案の定だよ。まさか僕が狙われてるなんて思ってなかったけど、その本人に黙ってこんな危険なことするなんて。――佐久間!』
『な、なにかなぁ……?』
『なにか、じゃないよ。佐久間は分かってたはずだ、ターゲットは僕でも、関わったら無事に済むわけないって。何でみんなを巻き込んだんだよ!』

詰問する口調は強く、一方的な感情を叫んでいるようにも聞こえるが……しかし、なかなかに的を射た発言に目を見張る。
大胆にも個人をまるごと手に入れようという輩が、多少有名になっているというところで手出しを控えるとは思えない。一人も二人も五人も十人も一緒と、もしかしたら関わった相手をまとめて手中にしようと考えてもおかしくはないのだ。
権力を手にした者の恐ろしさと愚かさを、自分は良く知っている。

『佐久間さんにいわれたからじゃない、僕らがやりたくてやったことだっ!』
『そうよ。それに危険なのは健二くんで、時間はなかったし、私たちは何とかしたいって思っていただけで!』

「関わるな」……と、拒絶されたと思ったのだろうか。
健二を守りたかっただけなのだと、親戚の子どもたちの必死の様子に、そっと助け船を出してあげることにした。

『健二くん、あまり責めないでやってくれないか。確かに軽率なところはあったかもしれない。しかし急いで行動しなければ大変な事態になっただろうってことは、君も分かってるはずだ。それに、本当に危険だと思ったら止めているよ』
『理一さん……』

しばし考えるようにうつむいた健二のアバターが、

『そうですね、黙ってたっていうのは怒ってますけど、僕のことを考えてくれたみなさんの気持ちは本当に嬉しいって思ってます。それに、理一さんたちの方がよっぽど危ないことしてますからね……』

つぶらな点目で、まっすぐに自分を見つめてくる。
(おや……)
どうやら盛大に藪をつっついてしまったようだ。
飛び出た蛇の矛先が、こちらへ向かってきた。

『何の話だい?』
『とぼけなくてもいいです。ブルーバードって、あれ、侘助さんが作ったんでしょう』

「え、そうなの?」「なんで侘助?」……太助と直美の呟きを横に聞きながら、俺は口にするべき答えを考えた。

『どうしてそんなことを考えたのかな』
『コードです。ウィルスプログラムのコード記述のクセが、侘助さんと同じでした』
『……なるほど』

ラブマシーンの解体作業を横で見てましたから……と淡々と答えられて、俺は内心で舌を巻いた。
どうやら、彼に対する評価を大幅に改めなければならないようだ。

『やっぱり、侘助さんなんですね……どんなに被害が小さいからって、あんな事件の直後にウィルスなんか作るなんて。危険すぎますよ!』
『いや待ってくれ。あいつの名誉のために誓っていうが、俺たちはウィルスなんて広めてはいない』

両手を小さく挙げて降参の意を示す。

『あ、やったのは認めるんだ』
『太助おじさん、黙って』

どういうことです? 訝しげに首を傾げた健二にむかって、俺はゆっくりと言葉を口にした。

『ウィルスなんかじゃない。ただのジョークソフトだったんだ』


公には口にできない独自のルートで事情を察知していた自分は、とにかく時間稼ぎを講じることにした。
相談を持ちかけて、「暇つぶしに作ってやった」と、横柄な言葉で照れ隠しをしてよこした彼の作ったものは、一見ウィルスのように見えるが実際にはプログラムに何も手出しをしない。
不具合があるように見せかけるだけで、もちろん、不特定の誰かに向かってメールを送信したりもしない。
冗談にしても悪質といわれるだろうが、それでも人様には迷惑をかけないようにと考えられたものだった。

『何しろあいつが寄こした時のタイトルは《Unknown》だったんだからな。いつのまにブルーバードなんて名前がついたのやら、俺が知りたいくらいだよ』
『え……じゃあ、手を加えたの理一さんじゃなかったんですか? 俺はそうだとばっかり……』

耳に入ってきた佐久間の呟きに、こっちの目が丸くなった。

『ということは、佐久間くんじゃなかったのかい? 俺はてっきり君がやったのかと思っていたんだが……』

二人で顔を見合わせて絶句する。
じゃあ、一体誰が……?
誰もが無言で首を捻り、答えの出ないままに黙り込む。
しん……と落ちた沈黙の中で、ぴょろりーん、と場違いな電子音がひとつ響いた。
どうやら、夏希にメールが届いたことを知らせるアラームだったらしい。
ちょっとごめんね、と断りをいれて動いたナツキが、メールアイコンを操作して――叫んだ。

『あ、ブルーバード!』

渦中のウィルス様のご登場に、場がざわりとどよめく。
広めたのは自分であっても、ウィルスへと変貌させた人物はこちらサイドにはいない。さてこれはどういうことか……と思い巡らせていると、彫像のように固まってじっと考え込んでいたリスが、ぼそりと呟いた。

『これ、使えるかも』

小さな声だったが、聞いていたのはもちろん俺だけではなかった。

『あん? 健二、どーゆーことよ。何か思いついちゃったワケ?』
『うん――それでOZの主に手紙を送りましょう』
『………健二、分かる言葉で説明求む』

間抜けな声を出したのは佐久間だったが、その場にいた全員の心の声の叫びでもあった。
あんた一体何言ってんの!? という。

『えっと、可能性ですけど。侘助さんのソフトをウィルスに変えたのは、OZじゃないかなって思ったんです。とにかく広めて足跡を拾いたかったのか、騒ぎにして作った人焦らせて特定させたいのかは分からないですけど……きっと、なんとなく見当をつけて、僕らの方を探ろうとしていたんじゃないかって』

そこまでは自分でも思い当たっていた。自分たちでないとすれば、捜索しようとしている相手側しか、改変した人物が思い浮かばない。
きっと眼鏡の彼も同じことを思っていたことだろう、だからどうして「手紙を送る」ということになるのかと、佐久間がせっせと先を促す。

『ということは、ウィルスは今、確実にOZとつながっていることになる。OZの主を指定するキーワードを入れれば、絶対に相手に届いて、本人からの答えが返ってくる。メールを追えば相手を互いに特定できるんですから、変な小細工はしてこないはずです』

ふっと、そこで彼は言葉を切って。
固唾を呑んで聞き入っていたみんなを、ぐるり、と見回した。

『相手が誰か分からないなら、相手に来させればいいんですよ』

力強く言い切った彼は、小さく微笑んでいた。

『健二くん……』
『健二さん……』

夏希と佳主馬が、陶然と彼の名前の呟いているのが聞こえる。
分かりやすい親戚の子どもたちの態度に、思わず心の中で笑ってしまう。
(まぁ確かに、これは滅多にない逸材だがね)
有事の際に見せる判断力に決断力、後方支援が適任だと思っていたのだが、なかなかどうして。
(大したアタッカーじゃないか)
ずば抜けた行動力に感心していると、「だからコイツに知られるの嫌だったんだよ」……という、一番身近にいる人物の悲鳴に近い嘆息が聞こえてきた。
振り回される身としては、たまったものではないのだろう。
自分の立場からすると、是非某団体へスカウトしたいと思うが、

『健二さん、誰が相手でも、僕が絶対守って見せるから』
『私だって、健二くんに指一本触れさせないんだからね』

闘争心あらわに競い合ってるこの二人相手では、容易ではないだろうなと苦笑する。
うちの一族の執念と気合と根性は、並ではない。

『うん、ありがとう。僕も、僕を助けようとしてくれたみなさんを守りたい』

そして、押しの強い二人に振り回されているのだろうとばかり思っていた彼は、結構な性格の持ち主だと言うことも正しく理解した。

『絶対に――勝ちます』

強い瞳で、静かに紡いだ彼の声が落ちる。

『健二くん……』
『健二さん……』

ふたたびうっとりと彼の名前の呟く夏希と佳主馬の頭上に、ずきゅーん、という文字が浮かんで見えた。
きっと、本人たちの目はハートになっているに違いない。
たぶんこの先、二人は相当苦労を強いられるだろう。
どちらが勝者になるかは分からないが、二人の挑む相手はこの上なく優秀な頭脳を持ち、人を思いやる優しさと敵に怯まず相対する勇気を持ちながら――恐ろしいほどに鈍感だからだ。

 ――っていうか、何であれで気がつかないワケ? 夏希も佳主馬も、めちゃくちゃ直球じゃないの。
 ――健二くんだからねぇ。こっちの存在完璧に忘れられてるね。

大人組は完全に置いてけぼりだが仕方がない。
(まぁ、頑張れ)
理解のある大人としては、楽しく……いや、生暖かい瞳で見守ってあげることにしようと心に決めた。

『じゃあ、送るよ』
『はい、お願いします』

オズの王《King of oz》……健二が読み上げた単語を、夏希がダイアログに打ち込み、OKボタンをクリックする。
――数分後、メール着信のアラームがチャットルーム内に鳴り響いた。
受け取った夏希が読み上げた件名は「エメラルドの国へご招待」。
本文には、ウィルス解除用のパスワードと、OZ内の特定ポイントを示すアドレスが記されていた。

『みんなで、一緒に行きましょう』

健二の声に、全員がはっきりと頷いた。


[SW] LLC 6

 二人のへやに、魔法使いのおばあさんがやってきて言いました。
「わたしの孫が、今、病気でな。しあわせの青い鳥を見つければ病気はなおるんじゃ。どうか二人で、青い鳥を見つけてきておくれ」
「うん、わかった」
 チルチルとミチルは鳥カゴを持って、青い鳥を探しに旅に出ました。

《青い鳥 メーテルリンク》














[ 二〇一〇年 九月九日 ]


物理部に据え置きのコンピュータから、いつものプライベートチャットルームへアクセスすると、そこには先客を知らせるサインが点灯していた。

『ちーっす』

挨拶を口にしながらぐるりと室内を見渡すと、夏希と佳主馬、そして太助と理一と直美のアバターが目に入った。

『やぁ佐久間くん。学校帰りにしては、今日も早いねぇ。ちゃんと勉強してるの?』

のんびりと声をかけてきた、カウボーイハットに赤いスカーフをなびかせたアバターは、夏希と佳主馬の叔父に当たる太助だ。

『部室から接続してますからね、授業終わったらすることアリマセンし、俺が物理部に入り浸ってるのは周知の事実なんで、今更気にするような人もいませんし』

事実をそのまま返したら、あはは、充実してるのかよく分からないねぇ……と太助に笑われた。

『学校で夜更かしはあまりいいとはいえないなぁ……というのは余計なお世話か。失礼、こっちでは今までの結果を話してるところだったんだけどね』
『さっぱり成果がないって言ってたとこよ。ほんとにOZの親玉だっけ? に殴りこみになんかいけるもんなのぉ~?』

続けて声をかけてきたのは理一と直美で、太助と三人で現在までの状況を確認しあっていたようだ。
夏希と佳主馬が激しい火花を散らして終わったあの密談のあと、夏希は夏休みで動ける内にと両親を説き伏せ、上田の屋敷へ乗り込んだという。
必死で状況を説明したが、本家の名前を借りるような行為に、今や一族の長である万里子の反応は決して良いものではなかった。

「まぁでも、夏希ねぇはうちで一番栄大おばぁちゃんに似てるから」

勝負時の度胸と根性は座ってるから大丈夫じゃない――という佳主馬の言葉を、さすがにまるっと信じたわけではなかったが、

「みんなも協力するって言ってくれたから」

という一族のみなさまを引き連れての、晴れ晴れしい迫力笑顔での成果報告には、唖然とするしかなかった。

「陣内家って、いったいなんなの」
「だから普通のウチだって」
「だからそれふつーじゃないですって……」

健二を助けたいという決死の覚悟が家長の心を動かしたのと、「身内のしでかしたことは身内で解決するんでしょ! 健二くんは私たちを助けてくれた、私たちは健二くんを助けなくていいの? 今やらないで、いつやるのよっ!」と泣きながら叫んだ一言が決定打になったらしい。
健二はもう家族なのだと、陣内家の誰もがはっきりと認めた瞬間だった。

行動力のある大人たちに(俺が)状況を説明し、あらためて協力を要請し、各自が自分のつてを使ってOZへ揺さぶりをかけてくれた。
どこから突破口が開けるか皆目検討もつかないので、特に約束を交わしたわけでもないけれどOZで成果を報告するのが最近の日課になっている。
もちろん日々の生活も大事なので、手の空いている人や空いている時間に顔を出すと言った感じで、揃っている面子は日によってバラバラなので、毎日ログインしている自分と夏希、佳主馬を別とすると、大人三人でも多い方だったりする。
金髪の美女に荒野のガンマン、くねくね動く謎の緑色の物体(アザラシ?)のアバターが並ぶショットは、見慣れたけれど結構シュールだ。
――と、今までは席でも外していたのか、

『来てたんだ』

二足歩行のウサギが立ち上がり、自分に近づくと、ぴっと手紙のアイコンを指し示した。

『佐久間さん、コレ何の冗談?』
『あ、それ、私にも来てたよ』

同時に、シカ耳で袴姿の少女も同じような反応を俺に示したので、
(ああ、あれか)
ピンときた。

『おー、早かったっすね。なるほど二人に送られたわけか……てか、そんなに嫌がんないでくださいよキング。俺ら運命共同体でしょ』
『……ウザいキモい』
『えぇー、佐久間君と同類って、何かやだなぁ』
『ちょっ、先輩まで! ふつーそれ口に出します? ひでぇの……あ、書いてあったパスください』

二人とも容赦ないセリフだが、こんな扱いにも慣れっこなので、特に気にも留めないし、自分が気にしないと分かっているから平気で冷たくあしらっている……と思いたい。
少なくとも、軽口が叩けるくらいには連日相談に明け暮れているのだから、お互いの性格は分かってきている。
自分の言葉を打ち終わると同時にキングの頭上に、少し遅れてナツキの上に半角英数字が並んだチャットバルーンがぴこんと上がった。
メールソフトを操作して、モニターに浮かんできたダイアログに、二人が書いたパスワードを打ち込む。

『よし解除、っと』
『何やってんのあんたたち』

興味津々と言った体で、直美の声が割って入ってきた。

『あれですよ、例の……ブルーバードです』
『なにそれ、日産?』

直美の後ろから物珍しげに顔を覗かせた太助が、ぱちくりと目を瞬かせた。
かくっと。
頬杖をついていた手がずれた。

『……違いますよ。いまOZで流行っているウィルスの名前です。OZニュースとか掲示板で話題になってるんですけど、聞いたことありません?』
『ああ……すごい勢いで出回っているようだね。職場でも話題になっていたよ』
『理一さんの職場での感染は、ちょっとまずいですねー』
『ウィルスって、アンタそれ面白い顔して言ってるけど、大事じゃない』

面白い顔って、アバターを指差して言われても困るんですけど。
ドットを使っているのは少しでも演算能力を軽くするためなのだが、そんなことを声を上げて訴えたところで、この金髪美女相手では笑われて終わりな気がする。
無駄な抵抗は早々に諦めて、

『ウィルスっていっても、ほとんど実害はないんです』

説明に専念することにした。

名称「ブルーバード」と名づけられたそれは、新種でありながらもほんの一週間ばかりの間にOZ中に広がった、ものすごい感染力をもったウィルスだ。
感染経路はメールで、あおいとり [bluebird]というタイトルで送られてきたメッセージを開くと添付されたウィルスが解凍され、ひとつのダイアログが浮かんでくる。
あなたのたいせつなものはなんですか? [What is an important one for you?] というメッセージが、まさに童話の『青い鳥』そのものだったことから、件名がそのままウィルスの名前になったのだ。

『んじゃ、メール開かなきゃいいんじゃないの?』

太助からのもっともな感想に、その通りなんですけどねー、と含み笑いを返す。

『さっきも言った通りほとんど被害ってないんですよね。例えば、音量の調節が一段階だけ使えなくなるとか拍手コマンドだけが使えなくなるとか……機能制限はランダムですが、制限されても他の機能で代用できるようなもので。しかも、感染しても対処法がものすごく簡単で……ちょっと面白いんですよ』
『面白い?』
『ええ、答えを入れるんです』

メッセージ通りの答え、つまり、受け取った本人にとって大事なものをダイアログに打ち込む。
すると、その『答えに添った相手』に制限解除用のパスワードが記されたメールが送られる。
メールを受け取った相手がパスワードを自分に教えてくれれば、簡単に制限解除できるし、一度ウィルスメールを受け取ると二度とは来てないので、いまのところ二次感染の危険はない。
不思議なことに、転送するとウィルスは展開されないという。

『それってさ、まったく関係ない相手に送られる可能性もあるんじゃないの。どーすんのよ』
『放っておけばいいんだよ』

直美の質問に、素っ気無い答えを出したのはキングだった。

『えー、アンタちょっとそれひどくない? まぁ他人事にはあんまり首つっこみたくないってのわかるけど』
『ああ違うんです、キングの言った通りなんですよ。実は放っておけば直るんです』

ウィルスが作動して答えを入力しないまま一定期間が過ぎると、パスワードを入力しなくても不具合は全てなくなる。添付されていたはずのウィルスも自動削除されているという。
ダイアログに大切な人の名前を入れて、メッセージを送る。

『まるでラブレターみたいだからって、すっごく流行ってるんだよね!』

すこし上気した夏希の声に、「はぁー、若い子は暢気なもんねぇ」……と直美が呆れたようにため息をついた。

『ま、そんなわけで、ですね。俺に来たウィルスさんに、ためしに「同盟者」って打ってみたわけです。二人に送られたりするんですね』

自分の場合は、『走る』というコマンドが使えなくなったことくらいだ。飛ぶことができるので別になんら支障はないのだが、使えないとなるとそれはそれで気持ちが悪い。

『なるほどね』

感心した口ぶりの理一の声に、ちらりと意味あり気に視線を走らせる。

『まぁ、このウィルスが広がってくれたおかげで、俺たちはちょっと助かってるわけですけど』
『どういう意味だい?』

まるで動揺する気配がない相手に、
(ほんと表情が読めない人だな)
と内心で感嘆しつつ、

『監視の目が逸れたってことですよ』

自分たちにとって、とても重要な事実を答えた。
大して被害はないとはいえ、爆発的に蔓延してしまっている以上、OZのシステム管理部としては無視はできない。
それ相応の人員をウィルスに対して割かねばならず、結果として追及の手がこちらに届くまでの時間を稼ぐことができている。
とは言っても、

『こっちもあんまり、進んでないけど……ね』

呟いた夏希の声が、どことなく影を帯びて、ぽつりと落ちた。
二人は目立つ行動を――そう言った自分の言葉を、ナツキとキングは忠実すぎるほどに実行していた。
なるべく早く解決したいという一念が二人を動かしているのだろう。

『夏希ねぇ、疲れてんじゃない? どうせ持久力ないんだから、途中でバテる前に休んでおいたら』
『ぜんっぜん、ちっとも疲れてなんかないわよ。だいたい、貴方だってずいぶんなご活躍じゃない』

艶やかな吉祥の姿で場を賑やかにさせているナツキとは別に、キングは今までは参加することのなかった、地下で密かに行われているストリートファイトを、手当たり次第に繰り返していた。
二人とも、目立つ存在ではあるが、別に注目を浴びたいと願っているわけではない。
普通であれば、好奇の目に晒され続けることはかなりの負担を強いられるはずだ。
けれど――何かせずにはいられないという、焦燥感があるのだろう。
声に疲れが見えるほどに疲労が蓄積していたが、決してやめるとは口にしない。
大人たちも、やめろとは言わない。
絶対に音を上げることがないと言うことも、分かっていたからだ。

『あ、すいません。ちょい離席』

ボイスチャットを使わず、とっさにたたっとキーボードに打ち込んで、チャットバルーンが出る前にミュートボタンを押しつつ画面を切り替えた。
と同時に、カチャリとドアノブが回る音が響いた。
(セーフ!)

「あれ、佐久間。今日もバイト?」

ボロい部室のドアを開けて顔をのぞかせたのは、予想通り見慣れた親友の顔だった。

「そー。しがないバイトさんは本日もこき使われておりますよ」
「なんだ、言ってくれたら手伝うのに」
「あん? 何をおっしゃいますかリア充よ」

カバンを置こうとした彼に向かって、しっし、と手で追い払う仕草をする。

「愛しの夏希先輩と、手ぇつないで一緒に帰るんじゃないのかよ」
「な、なななな、何を!」
「照れるな隠すな、もうつきあってんだろ。小心者で奥手で女性経験皆無な親友の赤飯ものな現状に水を差すほど、俺は野暮じゃないわけよ、わかる?」
「そんなわけないだろ! 馬鹿なこといわないでよ。だいたい、夏希先輩は受験生なんだから勉強でそれどこじゃないし、先に帰ってるよ」
「マジかよ。つまんねーなぁ」

わざと大げさにため息をついて。
くるり、と椅子ごと相手の方を向いて、

「じゃあ、小磯くんはさみしんぼなわけだ。何、俺に慰めてほしいって?」

ニヤニヤと笑ってみせれば、

「帰る」

彼はむっとした顔で短く言い捨てて、カバンを肩にかけなおした。
分かりやすすぎる態度に、思わずぶっとふき出してしまう。

「わりーって。ほんとにお前に手伝ってもらうほどじゃないから、気にすんなよ」
「わかってる。なんとなく寄ってみただけだし、別にやることないなら帰るよ」

この部屋暑いし、というもっともな言葉に、そりゃそうだと頷く。
新学期もはじまり、暦的にはとっくの昔に秋に突入したはずだっていうのに、季節はまったく夏を忘れてはくれないようだ。
クーラーもない部屋でパソコンを数台稼動させていれば、廃棄熱が加わって外気より暑くなるに決まっている。
ドアノブに手をかけた彼が、ふっと俺を振り返った。
何かを言いかけて軽く口を開き、迷うように目をさまよわせる。

「……佐久間」
「あん?」
「あのさ……何か……いや、やっぱいいや」
「何だよ、気になるな」
「何でもない。部室に泊まるのもいい加減にしときなよ」

物理部に幽霊が出るってうわさになってるよ、というあんまり役に立っていない忠告を置いて、去ってゆく親友の後姿を見送る。
完全に気配が消えたところで、ふーっと息をついた。

『戻りましたー。夏希先輩、勉強にいそしんでるんですって?』
『え? 何、もしかして健二くん? もう……そうよ、健二くんを幸せにする会の勉強に夢中なんだもの、嘘なんてついてないわよ』

言い切ったナツキの声は、少しばかり照れているようだ。
美女にここまで好かれるなんて羨ましいヤツだな、と先ほど別れたばかりの親友に、口には出さずに声をかける。
冷やかしをかけた時の情けない顔まで思い出して、小さく笑っていると、彼女から質問が飛んできた。

『そういえば前から聞きたかったんだけど、リセキって何のこと?』
『席を離れますよってことで、一時的に会話に参加できないときに良く使うんですよ。さっきの俺の場合は手が離せないって言う意味で使いましたけど』
『ふーん』
『誰かが来る気配がしたんで、画面切り替えたんです。やっぱり健二だったんで一瞬ひやっとしましたよ』 
『あの子なら、ちょっとくらい見られたって気がつかないんじゃない』

直美の率直な意見に苦笑する。
言動はいちいち弱気だし、誰に対しても押しは強くないし、一見すると頼りない高校生でしかない風貌の健二は、ぼんやりしていると思われがちだ。

『まー確かに、あいついろいろと抜けてますけど。でも気をつけてください、健二って妙なトコで鋭いんですよ。強烈にしつっこいし』
『あんまりそんな風には見えないけどねぇ』
『すっごいしつこいですよ。もー、終わったことをネチネチクドクド繰り返しますからね』
「そんなにひどいかなぁ」
『酷いなんてもんじゃないですよ。もう、あきらめの悪さにかけてはぴか一ですから。なんていうんですかね、一度深みにはまると簡単に抜け出せないっていうか、細かいことにこだわりすぎるっていうか』
「それはもう……もともとの性格だから仕方がないよね」
『ま、確かにあれは直しようがないって話も……』
『……ねぇ、佐久間くん、言っていい?』
『佐久間さん、あんた、誰と会話してんの』

(……………あれ)

たっぷり十秒ほどモニターの前で固まって。
ギギギ……と、ロボットのようにぎくしゃくとした緩慢な動作で、おそるおそる、後ろを振り返る。

「で、佐久間。説明してくれるよね?」

にっこりと笑った親友の顔が、どんな怪談話よりもホラーだった。


[SW] LLC 5

[ 二〇一〇年 八月二十九日 ]

午後十時三十分、時間ぴったり。
カンマ一秒の誤差もなくOZへログイン、即座にメールで指定されたプライベートチャットルームへ移動する。
OZ内の事情にある程度通じていなければ使用できないという、いわゆるVIPのみに許されたそこへのアクセスは、秘匿回線を使用するので履歴が残らない。
ログイン時に名前を変えてしまえば匿名性も保たれるが、自分は迷わずに使い慣れたアカウント名を入力した。
むしろ、待ち合わせた相手に誰だか分かってもらえない方が困る。
『サクマ が入室しました』というメッセージログがチャットルームに流れるや否や、先にログインしていた二足歩行のウサギアバターが、開口一番、

『遅い』

自分に向かって鋭く言い放った。

『え、うそ。時間ちょうどなのにダメ出しからっすか? キング厳しいなぁ……』

まだるっこしいからと音声チャットの申請があり、OKボタンを押したところでシュン……と空気が揺れ、部屋にもう一人来訪者が来たことを告げるメッセージが流れる。
電子音が響くとともに、シカの耳をぴこんと揺らした、袴姿の可愛い女性アバターが現れた。

『あ、佐久間くんだ』
『あれ、夏希先輩も? さすが先輩、アバターでも素晴らしく可愛らしいですね。そりゃアイツも見ほれますって』

予想外の人物の登場にちょっと驚いたが、すらりと出てきた自分の言葉に「えぇー」と彼女は目を見開いて。
やーだーといいながらも、楽しそうに笑っているのを見る限り、まんざらではないらしい。

『やっぱり、佐久間くんもお似合いだって思う?』
『気のせいじゃないの』

うっすら頬を赤らめた彼女を、瞬時に切り捨てる硬い言葉。
(キングの声が、ものすごく冷ややかなのは気のせいでございましょうか……?)
内心でたらりと冷や汗を流していると、くるり、とウサギのアバターが自分を振り返った。

『時間もったいないから、あんたのメールで僕が認識したことと事実をつきあわぜて推測したことを並べる。違うなら指摘して。OZが探してるのは健二さんで理由は非常識なコードブレイカーだから。存在が確定されるまでもう時間がない、危機回避には首謀者のあぶり出しが必要』
『うわぁ……ご名答です、キング』

よくそこまで分かりましたね……と、俺は素直に感嘆の声を上げた。
いくつもの偽装をかませて送ったメールには、確かに健二が危ないという内容をほのめかせたものではあったが、具体的なことは何一つ記さなかった。
万が一にも足がつかないようにと考慮した結果だったが、瞬時に落ち合う日付とプライベートルームのアドレスが、簡単な暗号を咬ませて送られてきたのには、
(ほんとに中学生かよ)
と、己の目を疑ってしまった。
世界のチャンプで自分も大ファンであるキング・カズマが、年下の少年だったと言う事実に驚いた自分だったが、仮にも頂点にたった人物が並みの少年であるわけがない。
理解力・判断力・行動力が中学生レベルではないという、冗談みたいな現実が、今はとても頼もしい。

『ここまではOK? じゃ、その先。佐久間さんは僕にOZ内での実権を求めてるんだろうけど……あいにく、今はベルト剥奪でキングじゃなくってね。いくつかの企業にツテはあるけど、使えるほどじゃない。僕にできることは、前にスポンサーにもらってた部屋を提供できる程度。だから夏希ねぇを連れて来た』
『あー、なるほど。了解っす』
『ほんとはこういうときに頼りになりそうなのは理一さんなんだけど、本来の業務ってヤツに戻ってるみたいで、連絡のつけようがなかったし」
『俺もあの人に連絡つけてみようと思ったんですけど、足跡残し過ぎそうでやめたんですよね……』

彼女がいる理由に納得し、同時にそこまで見越して動いた彼を、やっぱりすごいと思う。
(末恐ろしいってこういうことか)
とんでもない化け方をしてくれそうな少年の未来像に、ぞくりと背筋が震える。
ふるりと頭をふって画面を見直すと、シカ耳少女が愛らしくかくんと首をかしげた。

『こーどれすとぶれーかー? え、電源落ちてもコードレスなら充電すればいいじゃない。それがなんで健二くんが危険ってことになるの?』
『コードレスでもブレーカーでもなく、コードブレイカー(Code breaker)。ブレイクっていうより、粉砕ってほうが正しいのかもしれないけど……要は、健二さんは万能鍵ってこと』
『???』
『――パス』
『投げたっ!?』

説明を丸投げして黙りこんだウサギを横目に、仕方ないなと俺は彼女に向き合い、どこから切り出すべきかしばし頭を悩ませた。

『えーっとですね、まず、ラブマシーンの一件に戻ってみましょうか。あの騒ぎで、OZが一番困ったことは何だと思いますか?』
『んーっと……OZ内が大混乱で、システムが使えなくなったこと?』
『正解です。じゃあ、システムが混乱したのは何故でしょう』
『あ、それ知ってる。健二くんが言ってたよね、混乱の原因はアカウントが奪われたからだって。でしょ?』
『大正解。では、そもそもアカウントが奪われたきっかけは?』
『え……えっと、ラブマシーンがOZに侵入したせい!』
『惜しい、半分正解です』

はんぶんーと、と口ごもった彼女に代わるように、ぼそりと声が落ちる。

『OZのセキュリティパスが解かれたから』
『その通り!』

正解を出した声の主は、仕事は果たしたとでも言いたげにまたむっつりと黙り込んでしまった。
どんだけ俺様なんですかあなた。
(……ああ……王様か……キングだけにって、いやいやそんなオチいらないし)

『……ここでちょっと話が逸れるんですが、実はOZ内部で今回の事件以前から、よりセキュリティを強化しようという動きがあって、密かに次のシステムの検証が進んでいたんですよ。そこで彼女の秘密を暴いたのが……』
『彼女?』
『よく船とかハリケーンとかに英米圏では「She」って女性名詞つかいますよね。諸説はいろいろあるみたいですけど、プログラムに対しても開発中のコードネームに女性名をつけることが多いんですよ。これはちょっと眉唾なんですけど、現在のシステムの名前は「ドロシー」って呼ばれてたらしいです』
『ああ、オズだから? ふーん、そういうのちょっと面白い。佐久間くん物知りね』
『ま、完全にいまのは余談ですけど。んで、OZ側としては当然、彼女の秘密、すなわち「セキュリティパスワードを解除したのは誰か」っていう話になりますよね。新しい鍵をかけても、また開けられちゃ意味がない』
『うーん、なんとなく分かった。つまり簡単に泥棒に入られたら困るってことよね。防犯上の問題ってやつ。あ、でも、パスワード解いたのって、健二くんだけじゃないじゃない。しかも最初は間違ってたんじゃないの?』
『ええ、そうです。二〇五六桁の暗号なんて簡単に解けるはずないのに……一晩の内に、全世界で五十五人も解いてしまった。だから、元々の設定に甘い点があったんじゃないかって話も出てきて、実はOZ側としては初回のはそれほど重視してないんです。問題は……』
『――二回目。それも……やっかいなのは、スピード』

ぼそりと落ちた少年の声。
すかさず入ったビンゴな合いの手に、俺は大きく頷いた。

『ぴんぽーん、キング二問連勝大正解。……早さなんですよ、一番問題なのは』
『はやさ?』

内容が今ひとつピンとこないのだろう。モニター画面できょとんと目をまるくさせたナツキが、不思議そうに同じ言葉を繰り返した。

『正確にログを追えたわけじゃないので断言はできないんですけど、一回目もあいつが一番早く返信しちまったんじゃないかと思うんですよ。だから、奴のアバターもそのまま使われたんじゃないかって』

そして驚異的だったのは二回目。
OZのシステムエンジニアが全力で問題解決に当たっていたのに、それよりも遥かに遅く行動したはずの彼が、誰よりも早く正解にたどり着いてしまった。
そして信じられないことに、三回目、四回目と重ねるごとに、そのスピードは加速度をあげてゆき、最後は――まさか暗算で解いたとまでは知られていないだろうが――答えの入力まで一分を切っている。

『有り得ないんですよ。単純に一五〇桁の数字の素因数分解を解くために、一秒で一つの数字をチェックできたとしても約三×十の一四〇乗の年月が必要です。三〇億年が三×十の8乗年だって言ったら、途方のなさがなんとなく分かります? 量子コンピュータでも使わない限り、あんな暗号、解けるわけないんです』
『えーっと……ごめん、佐久間くん。それって簡単に言うと?』

ふう、と俺は息を吐き出した。

『健二は人外だってことです』
『なるほど』
『……それでいいんだ?』

呆れたようなキングの声に、それでいいんですと俺は思いっきり言い切る。
まずは、OZにとって健二の能力ってのはとんでもない脅威なのだと、理解してもらわばければ話にならないのだ。

『前にも言いましたが、大統領のアカウントを奪えば核ミサイルだって撃てるかもしれない。OZのセキュリティに関する問題は、一企業だけではなく、国家レベルになってしまうんです。仮想都市の混乱は、実世界にとんでもない混乱を招くかもしれない。だから、その危険性を身をもって実感したOZ側は考えたんです。新システムを本稼動させる前に、また「鍵を開けてしまうかも知れない人物」を探さなくてはといけない……と』
『OZが健二くんを探してるというのは分かった。けど、どうしてそれが「健二くんが危ない」ってことになるの?』

重要人物としてマークされるまでの流れは理解できたが、それが何故個人の危険になるのかは想像できないのだろう。
そりゃそうだ、一個人に対する話の内容ではない。

『先輩ならどうします。人の家の金庫の鍵を開けたかもしれない人物に目星がついたら』
『なんか逮捕されちゃうみたいね。会って話を聞く、とか……え、でも、おかしい。開いただけで盗んでなんかないし。あの時だって健二くん疑われたけど、結局は濡れ衣だったから翔太兄だって手錠外してくれたんだし、何も悪いことしてないじゃない』

困惑気な夏希の声に、自嘲めいた低い笑い声が割って入った。

『開けただけね……警察相手ならそう。でも、状況はもっと悪い』
『ええ……最悪です』

無表情に見えるが、モニターの向こうの少年は、相当辛そうな表情をしてるんじゃないだろうか。
ふとそんな心配をしてしまうほど淡々とした声だったが、頭痛がしそうな内容に、思わず自分も顔をしかめてしまう。

『毒を喰らわば皿まで……ってのはちょっと違いますね。毒薬も匙加減次第で薬になるってことです。OZはもう、パスワードを解除した人間が、とんでもない演算能力を持っているというのを知っている。どんな鍵を用意しても外から開けられてしまう……だったら、本人ごと身の内に取り込んでしまえばいい』
『え……』

さーっと顔に色を無くした彼女に向かって、俺は起こりえる事態を並べてゆく。

『あいつの全ての行動が、OZの監視下に置かれるんです。行政民間学校、あらゆるネットワークがOZを介して成り立っている今、一度マークされてしまえば、逃れることは出来ない。個人に対してそんな権限があるのかと思うかもしれませんが、OZはもう一企業だけの存在じゃない。後ろにそれを可能にさせる権力があるんです。見つかってしまえば、健二には、決められた未来しか用意されない』

ナツキが、縋るようにぎゅっと両腕を組んで、肩を震わせた。
混乱しているのだろう、何度もふるりと頭をふっては、おかしいと呟く。

『そんな……だって、おかしい。健二くんは救ってくれたのに、わたしたちを、みんなを、世界を、家族を守ってくれたのに……その代償がそんなのっ、あんまりじゃないっ!』

悲鳴のような叫びに、俺はゆっくりと頷いた。
チラリと横をうかがうと、無表情のウサギも同感だとばかりにじっとこちらを見つめている。

『俺も、嫌なんですよ。親友が……あいつが自分の意思でOZに入ると決めたならいい。けど、そんな鳥カゴみたいな生き方させたくない……ってね』
『だから僕にメールを送ったんだよね。ご丁寧に何重にも偽装かけてくれて。あれ結構苦労したんだけど』

付け足されたセリフに、すいませんね、と悪びれずに笑いかけたら、

『佐久間さんって、相当性格ひねくれてるよね』

ぶすっとした声で返されました。
(おー、こういうとこは結構可愛いのな。けど……)
少年らしい反応のくせに、言ってることは規格外。
分かってて口にしているあたり、この相手も相当だ。
何をやるにもOZ経由が必須な今の世の中、電話一本かけるにも別の手段をとるほうが目立つ。
木を隠すなら森の中、つなぎをつけるならOZアカウントの方が痕跡を消しやすい。
生きてるアカウントを、身元を隠しつつ自分だとわからせるようにするには、いかに有能すぎる頭脳を持つ自分(自画自賛)でも、それなりに苦労はしたのだ。

『まぁ、この辺の諸事情に関しても、ちょっとばかりコネがありましてね』
『……ちょっとじゃないでしょ』

やけに確信めいて返された声音に、おや、と思う。
(あれ、ばれた? いやいやまさか、いくら頭の回転早いったって、そこまで……)

『たぶん、従兄弟とか叔父叔母とか、親類あたり。OZの社員なんでしょ、それもけっこういい位置のさ』

じゃなきゃ情報の出所がおかしい――と。
きっぱりと言い切った少年の堂々たる姿に、思わずひゅうと口を鳴らした。

『すっげぇ! またしても超ご名答。さすがすぎるキング、まじすごいですって』
『アドレスで気がつくって。熊とか、僕のこと馬鹿にしてない? アナグラム、でしょ』

《佐久間→サクマ→クマ、サ→bare》
確かにOZからの一斉送信に紛れ込ませるために、bare名義のドメインを使ったが、

『うっわ、ガチで? そこで分かっちゃいましたか』
『僕もOZ関連で仕事してたからね、あそこの異常なまでに徹底した秘密主義にはうんざりしてたし。そう簡単に情報漏えいなんてありえない。しかも一介の高校生が機密事項を事前に入手? おかしいでしょ』

いくら腕があるとはいえ、仮にもプログラムに関わる保守作業に、一回の高校生ごときが簡単に「バイトします」などともぐりこめるものではない。
よっぽど、信頼のおける『誰か』の口ぞえでもなければ。

『えっとまって。それってつまり……』

ナツキがじっと自分を見る。

『どういうこと?』
『やっぱり俺が説明するんですか』

こっくりと頷く気配が画面越しに伝わってきて、俺はがくっと肩を落とした。

簡単に言ってしまえば、彼の指摘通り、自分の身内がOZの社員だったということなのだ。
エンジニアのチーフであるその人が、バイトの口を紹介もしてくれたし、保守に必要だろうという条件をつけて、(もちろん公言してもさほど重要じゃないものに限られたけれど)内部の情報を教えてくれるようになった。
だから、新システムへ移行の前に「パスコードを解いた誰か」を探す動きがあることを察知できたのだ。

『正直、ラブマの一件でもうちょっとOZのシステムは混乱したままだろうって思ってたんですよ。しばらくはその処理に追われてるはずだと……こんなに早く復旧するなんて予想外で、油断してました』

思ったより相手の動きが早かった……と自嘲気味に落とした自分の声に、はっと、息をのむ音が重なる。

『そう、そうよ! まだ健二くんだって、特定はされてないんでしょ。可能性がある人なんてまだまだいっぱいいるんだし……だいたい、新しいシステムだって解けるとは限らないじゃない!』

いいこと思いついた! とばかりにキラキラと目を輝かせた彼女の言葉に、

『…………』

ふかーいため息が二人分、綺麗にハモった。
うん、なんてーか、こう。
(遠い目したくもなるよな)

『――いや、やっちまったんです。アイツ』
『え……?』
『こっちの気も知らずに……あの馬鹿』

OZ側は考えた。
可能性のある複数名から、確実な数名を振り分けるにはどうしたらいいかと。
ふるいをかければいい。
どうやって?
簡単だ――餌をばら撒くだけでいい。
「暗号問題」という、数字中毒にはたまらない餌を。

『数日前、数学関連のコミュニティに、新しい問題が出されたんです。一見ただの暗号問題として出されたのは、新システムの鍵の一つだったんです』
『そしてそれを――あの人は、解いてしまった』

目の前で閉じられた鍵付きチャット。
素性が割れないようにと色々手を回していたせいで、もうちょっとのところで彼がチャットルームに入るのを防ぐことができず。。
ふさふさと揺れる尻尾が扉の向こうに消えてゆくのを、ただ見ているだけしかできなかった。
それでも、より高度になった暗号を解除できるとは限らないのだからと、すぐに自分に知らせが来るように念のために仕掛けを施して……夜明けにレベルアップ音が鳴り響いた時は、(自分で設定したにもかかわらず)ほんとにお前自重しろやと殺意すら覚えたほどだ。
同じように暗号に取り組んだ人が全世界でいくらくらいになるのか推定できないが、確実にあいつは早すぎたはずだ。
だから、時間がない。
OZが健二を見つけるまでの、時間が――。

そう……と、なにやらドスの効いた低い声が響いてきた。
一瞬誰の発言かときょろきょろと左右をうかがい、まさかなと顔を伏せて何か考え事をはじめていたシカ耳の少女のアバターを凝視していると、

『じゃあ、教えて。私に何が出来る? できる事があるんでしょ?』

がばぁ、と顔をあげたナツキが真っ直ぐに俺に突進してきた。

『せ、先輩近いっす!』
『わたしっ、何にも出来ないからって止まってたくない。あきらめたくないし、あきらめてなんてあげないっ!』
『僕も、もう負けてやらない』

いつの間に移動してきたのか、ウサギも一緒になって自分のアバターを見下ろしている。
俺を見据える眼つきが完全にすわっている。
(うわぁああ、さすが血族。この目力、二人ともそっくりなんですけどっ)

『あ、あります、あるんです、二人とも落ち着いてっ!』

押しつぶされそうな迫力に、思わず取り乱してしまった。
ぜーはーと息が上がる。

『早く言いなよ』
『佐久間くん、早く!』
『夏希先輩やキングは、俺にはないものを持ってます。コミュニケーション……あらわしのときに発揮してたじゃないですか、人と人との絆ってやつ。血の通った温かいつながり、それが今、何よりも重要なんです』

下っ端を相手にしても意味がない。
管理権限を持ってるくらいではらちがあかない。
叩くなら頭が勝負の鉄則、OZの最高責任者を特定して引きずり出して、彼の絶対的保護権を奪いとらなくてはならない。

『警視総監にまで電話をかけて叱咤激励したっていう、陣内家の人脈で働きかけて欲しいんです』
『その説得は……僕より、夏希ねぇの方が適役だ』

悔しいけど、と声を詰まらせたキングを、ナツキは無言でじっと見つめた。
きゅっと唇を噛んで小さく頷くと、彼女は決意を込めた表情で、はっきりと宣言した。

『わかった、私やってみる。万里子おばさんに言って、誠心誠意頼み込んで。陣内家でOZに勝負すればいいのね』

そう、これは負けられないゲーム。
勝負を仕掛ける側には何のメリットもない、おかしなゲーム。
けれど、健二に少しでも好意を感じてくれているのならば、きっと手を貸してくれると信じていた。
成功率の低い賭け。
けれど、やらないではいられない。

『だれが、OZなんかにくれてやるもんですか』
『ほんとだよ、横取りなんて図々しいにも程がある』

鼻息を荒くして腕を振り上げたナツキに、珍しくキングが同意を示す。
はっと、二人は互いに真正面に向き合って、

『健二くんは陣内家の立派な婿になるんだから!』
『健二さんは陣内家の立派な嫁にするんだから!』

真反対に、そっぽを向いた。
そーそー、その勢いで……
(ん?)
何か、いま、微妙に不協和音が混じらなかったか――?
気になるというよりは、『特に気がつきたくなかった』ので、違和感はあえてのスルーで互いに明後日の方向を向いた二人に声をかける。

『あとはまぁ、二人とも適当にOZ内で目立つ行動をとっていてくれれば霍乱もできますし。ある程度有名人だったほうが手を出しにくいっていうのもあるんで……って、聞いてますかー?』

大事なことですよー、おーい、と呼びかけてみたが、両者の間にバチバチッと飛び散る火花で、きれいに吹き飛ばされている気がする。
健二を守るのは自分だと激しい闘争の炎を燃え上がらせてる両者には、何を言っても無駄かも知れないと悟り、俺はだまって火災現場から数歩離れた。

ぽり……と、モニターごしに頭を掻いて。
(まぁ、いいか)
上田で過ごしていた健二との会話から推察していた、目の前の二人の『健二に対する好意』は、多少思い描いていた方向とはベクトルの向きが違ったようだが、予定としては変わっていない。
(どうせあいつは気づいてないんだろうし)
多少の細工をしているとはいえ、時間稼ぎがどこまで通用するかは分からないのだから、やる気に満ちてくれる分には結構だと思う。

『あ、そうだ。健二にばれないように気をつけてくださいー』

余計とは思いつつも、一応ひっそりと念を押しておく。

『もちろん、私たちが守ってあげるんだから!』
『健二さんを、危険な目にあわせるわけないでしょ!』

瞬時に帰ってきた噛み付くような声に、
(いや、っていうか……俺の懸念してるのはむしろ逆なんですけど)
という真実は、口に出さない方が賢明だと確信した。





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